会社設立時の現物出資:手続き、評価、税務、注意点まで徹底解説

会社を設立する際、一般的に資本金は現金で払い込むもの、と考える方が多いでしょう。しかし、実は現金以外の「物」を会社の資本金とすることも可能です。これが「現物出資」と呼ばれる制度です。

「手元の現金はなるべく事業運転資金として残しておきたい」「個人で持っている資産を会社に引き継ぎたい」と考えている方にとって、現物出資は非常に有効な選択肢となります。しかし、現金出資に比べて手続きが複雑で、特有のルールや注意点が存在するのも事実です。

この詳細ガイドでは、現物出資の基本から、対象となる財産、具体的な手続きの流れ、メリット・デメリット、そして見落としがちな税務上の影響まで、会社設立時に現物出資を検討する上で知っておくべき情報を網羅的に解説します。あなたの会社設立がスムーズに進むよう、ぜひ本記事をお役立てください。

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現物出資とは?その定義と活用メリット・デメリット

現物出資の基本的な定義

現物出資(げんぶつしゅっし)とは、会社を設立する際、発起人(会社設立者)が、現金以外の財産を会社の資本金として払い込む方法を指します。会社法第34条に規定されており、現金出資と同様に、会社の財産を構成する重要な要素となります。

「出資」と「資本金」の関係
「出資」とは、会社設立時に、会社の財産的基礎を構成するために、発起人が財産を会社に拠出することです。そして、この出資された財産の額(または評価額)が「資本金」として会社の貸借対照表に計上されます。資本金は会社の信用力を示す指標の一つにもなります。

現物出資の対象となる財産とは?

現物出資の対象となる財産は、以下の2つの重要な条件を満たす必要があります。

  1. 譲渡可能であること:その財産が、法的に他人に売却したり、譲渡したりできるものであること。
  2. 貸借対照表上で資産として計上できる現金以外の物であること:会社の所有物として明確に評価が可能で、会計上、会社の資産として計上できるものであること。

これらの条件を満たせば、多種多様な財産が現物出資の対象となり得ます。具体例を見ていきましょう。

現物出資の代表的な具体例

  • 不動産:土地、建物、マンション、店舗、事務所など
    (最も高額になりやすく、評価額の適正性が厳しく問われることが多いです。)
  • 動産
    • 車両:乗用車、トラック、バイクなど(事業用として使用する場合)
    • 機械設備:製造機械、業務用プリンター、エアコン、厨房設備など
    • 什器備品:オフィスデスク、椅子、棚、応接セットなど
    • 電子機器:パソコン、サーバー、タブレット、スマートフォンなど
  • 有価証券:上場企業の株式、国債、社債など(市場価格が明確なものに限ります)
  • 知的財産権(無形固定資産)
    • 特許権:発明に関する独占的権利
    • 商標権:ブランド名やロゴに関する権利
    • 著作権:ソフトウェア、書籍、音楽、デザインなどに関する権利
    • 意匠権:商品のデザインに関する権利
    • ノウハウ:特定の技術や営業上の秘訣(ただし、客観的な評価が極めて難しい場合があります)
  • 債権:売掛金、貸付金など(回収可能性が確実なものに限られ、別途詳細な条件があります)

現物出資できないもの
一方で、労働力(役務提供)信用は、現物出資の対象にはなりません。これらは具体的な財産として客観的な評価が難しく、会社の財産的基礎を不安定にする可能性があるためです。

現物出資のメリット

現物出資には、会社を設立する上で様々な利点があります。

  1. 手元現金の温存:

    最も大きなメリットです。例えば、個人事業主が法人成りする際に、これまで事業で使っていたパソコンや車両を現物出資すれば、その分、現金を手元に残しておくことができます。この現金は、設立後の運転資金や急な支出に充てることができ、会社の資金繰りを安定させます。

  2. 資金調達の柔軟性向上:

    全額現金で資本金を準備することが難しい場合でも、現物出資を組み合わせることで、会社の設立が可能になります。特に、初期投資が高額になりがちな事業(製造業の機械設備、飲食店のリフォームなど)では、有効な手段となります。

  3. 資産のスムーズな会社への移転:

    個人で所有していた事業用資産を、法人の資産としてスムーズに引き継ぐことができます。これにより、改めて会社として同じ資産を購入する手間や費用を省くことができます。

  4. 節税効果の可能性:

    現物出資した資産(例えば車両や機械設備)は、会社の減価償却資産となります。これにより、毎年、その資産の取得価額の一部を費用(減価償却費)として計上でき、法人税の課税所得を減らす効果が期待できます。

現物出資のデメリットと注意点

メリットがある一方で、現物出資には特有のデメリットや複雑な手続きが伴います。

  1. 手続きの複雑さ:

    現金出資に比べて、現物出資は会社法上の厳格な手続きが求められます。特に、現物財産の評価の適正性が重視され、その証明のために追加の書類作成や専門家による確認が必要になる場合があります。

  2. 検査役の調査(原則):

    後述しますが、原則として裁判所が選任する「検査役」による現物出資財産の調査が必要です。これは、出資された財産の評価額が適正かどうかを確認するためのもので、費用(数十万円以上)と時間がかかります。

  3. 評価額の適正性リスク:

    現物出資された財産の価額が、もしも定款に記載された価額よりも著しく低いと判断された場合(価額填補責任)、差額分を現金で払い込む必要が生じたり、出資者や役員が会社に対して損害賠償責任を負ったりする可能性があります。厳格な評価が求められる理由がここにあります。

  4. 税務上の影響(課税関係):

    現物出資は、その財産を個人から法人へ「売却」したとみなされることがあります。この場合、その財産に含み益(取得時よりも現在の評価額が高い場合)がある場合、出資者個人に対して「譲渡所得税」などの税金が発生する可能性があります。特に不動産や有価証券などで起こりやすいので、事前に税理士に相談することが不可欠です。

  5. 登録免許税の発生:

    不動産などを現物出資する場合、所有権を個人から法人へ移転する不動産登記が必要となり、その際に登録免許税が発生します。この税金は現金で支払う必要があります。

  6. 財産引渡しのタイミング:

    現物出資された財産は、会社が設立登記を完了するまでは、会社がその財産を自由に利用することはできません。登記完了後に初めて会社の正式な資産となります。


  7. 現物出資による会社設立の具体的な手続きステップ

    現物出資を取り入れて会社を設立する場合、現金出資に比べて追加のステップと書類が必要になります。以下の流れを参考に、一つずつ確実に進めましょう。

    ステップ1:現物出資する資産の選定と価格の調査・決定

    まず、どの資産を現物出資するかを決定し、その適正な評価額を算定します。この評価額は、定款に記載される資本金の額に直結するため、非常に重要です。

    • 客観的な評価が可能なもの:中古品市場の相場、専門業者の見積もり、固定資産税評価証明書(不動産)、証券取引所の時価(上場株式)などを参考にします。
    • 専門的評価が必要なもの
      • 不動産:不動産鑑定士による鑑定評価が最も信頼性が高いです。
      • 無形固定資産(特許権、ソフトウェア、ノウハウなど):これらの評価は極めて専門的で難しく、公認会計士やM&Aコンサルタント、技術評価の専門家などの意見を求める必要がある場合があります。評価が難しい場合は、現金出資を検討する方がスムーズなケースもあります。

    ステップ2:定款への現物出資事項の記載

    会社の基本ルールを定める定款に、現物出資に関する以下の絶対的記載事項を明確に記載します。これらの記載がないと、定款が無効となる可能性があります。

    • 現物出資者の氏名または名称
    • 現物出資する財産の内容(例:「〇〇社製ノートパソコン1台」「東京都〇〇区〇〇所在の土地」「特許第〇〇号」など、具体的に特定できる記述)
    • その財産の価額(ステップ1で決定した評価額)
    • 出資者に対して割り当てる設立時発行株式の数(株式会社の場合)または持分の割合(合同会社の場合)

    定款記載例(抜粋)

    (現物出資)
    第〇条 発起人〇〇〇〇は、次に掲げる財産を現物出資するものとし、その評価額は以下の通りである。これに対し、当社は普通株式〇株を割り当てる。

    1. ノートパソコン(型番:ABC-123)1台 評価額:金300,000円
    2. 普通乗用自動車(車名:トヨタ、車種:プリウス、登録番号:品川500 あ 12-34)1台 評価額:金1,500,000円

    ステップ3:検査役の調査または「特例」の活用

    会社法では、現物出資された財産の価額が過大評価されていないかを担保するため、原則として裁判所が選任する検査役による調査を義務付けています。しかし、この検査役の調査は時間と費用がかかるため、以下の特例が設けられています。これらの特例を活用できれば、手続きを大幅に簡略化できます。

    検査役の調査が不要となる「5つの特例」

    1. 現物出資財産の総額が500万円以下の場合
      最も利用しやすい特例です。出資する現物財産の合計評価額が500万円以下であれば、検査役の調査は不要となります。この場合、後述する弁護士等の証明公証人の認証も不要です。
    2. 現物出資財産が有価証券であり、市場価格がある場合
      上場株式のように客観的な市場価格が存在する有価証券を現物出資する場合、その市場価格をもって評価するため、検査役の調査は不要です。
    3. 現物出資財産の価額について、弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士、税理士法人の証明を受けた場合
      これらの専門家が、現物出資された財産の評価額が適正であることを証明する「評価証明書」を作成した場合、検査役調査を省略できます。ただし、専門家への依頼費用が発生します。
    4. 定款に記載された価額が、相当な額の金銭を払込済みである場合
      少し複雑なケースですが、特定の条件下で検査役調査が不要となる場合があります。
    5. 現物出資者が、会社に対して財産を給付する債務を負担する場合
      こちらも稀なケースですが、特定の要件を満たす場合に適用されます。

    ほとんどのケースで「500万円以下」の特例が活用されます。
    費用や時間、手続きの煩雑さを考えると、500万円以下の現物出資で会社を設立するのが最も現実的でスムーズです。もし出資額が500万円を超える場合は、税理士や弁護士などの専門家に相談し、適切な評価と手続きの準備を進めることが重要です。

    ステップ4:調査報告書(取締役作成)の作成

    検査役の調査が不要な特例(特に500万円以下の特例)を利用する場合、会社設立に関与した取締役(発起人代表など)が、現物出資された財産の価額が適正であることを調査し、その結果を報告する書面を作成します。これが調査報告書です。

    この報告書には、現物財産の詳細、評価方法、評価額が適正であると判断した根拠などを具体的に記載します。虚偽の記載は許されません。

    ステップ5:財産引継書の作成と財産の引渡し

    現物出資者から会社へ、現物財産が実際に引き継がれたことを証明する財産引継書を作成します。これは、財産が現物出資者の手元から会社に移動したことを証する書類です。

    • 記載事項:財産の内容、数量、評価額、引渡し日、出資者と会社の名称・住所・代表者名など。
    • 物理的な引渡し:パソコンや車両などの動産は、実際に会社に引き渡す必要があります。不動産であれば、登記手続きを通じて所有権を会社に移転します。

    ステップ6:設立登記申請書への添付・法務局への提出

    上記の書類が全て揃ったら、株式会社設立登記申請書に、定款(公証人の認証済みのもの)、発起人決定書、取締役の就任承諾書、印鑑証明書など、他の設立必要書類とともに、作成した調査報告書財産引継書を添付して、会社の管轄となる法務局へ提出します。

    これらの書類に不備があると、登記申請が受理されないか、補正(修正)を求められ、設立が遅れる原因となります。

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    現物出資における税務上の影響

    現物出資は、会社設立後の運営だけでなく、税務上も重要な影響を及ぼします。特に、出資者個人に対する課税関係は注意が必要です。

    1. 出資者個人への課税(譲渡所得税など)

    現物出資は、税務上、出資者がその財産を会社に「譲渡(売却)」したとみなされる場合があります。このとき、もし出資する財産に「含み益」がある場合、つまり、その財産を取得した時の金額(取得費)よりも、現物出資時の評価額が高い場合には、その差額が譲渡所得として出資者個人に課税される可能性があります。

    • 不動産の場合:土地や建物の現物出資で含み益がある場合、譲渡所得税(所得税・住民税)が発生します。所有期間によって税率が大きく異なるため、特に注意が必要です。
    • 有価証券の場合:取得費と現物出資時の評価額の差額が、株式等譲渡所得として課税されます。
    • その他の資産の場合:パソコンや車両などの動産は、通常、事業の用に供していたものは減価償却が進んでいるため、譲渡所得が発生しにくいか、むしろ譲渡損失となる場合が多いですが、高額な美術品や骨董品などでは課税される可能性もあります。

    税務上の評価と会社法上の評価
    会社法上の現物出資の評価額と、税務上の譲渡所得を計算する際の評価額は、必ずしも一致するとは限りません。税務上の評価については、必ず税理士に事前に相談し、どのような税金が発生し、どの程度の負担になるのかを確認しましょう。無計画に進めると、思わぬ税金が発生し、資金繰りを圧迫する可能性があります。

    2. 法人側の減価償却費

    会社が取得した現物出資財産は、会社の資産として計上され、その種類に応じて減価償却を行うことができます。これにより、法人税の課税所得を減らし、節税効果を得られます。

    • 減価償却費:現物出資された資産の取得価額(評価額)を、その資産の耐用年数に応じて毎年費用として計上します。
    • 注意点:個人事業主から法人成りする場合、個人事業主時代に既に減価償却が進んでいた資産については、その残存簿価が法人での新たな取得価額となるケースが多いです。
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    現物出資に関するよくある疑問と対処法

    Q1. 現物出資の評価額はどのように決めればいいですか?

    A1. 客観的な根拠に基づいた適正な評価が必須です。

    • 一般的な動産(パソコン、車両など):中古市場価格、複数の業者からの見積もり、同等の新品価格からの減価償却計算などを参考にします。客観的な資料を残しておくことが重要です。
    • 不動産:不動産鑑定士による鑑定評価が最も信頼性が高いです。固定資産税評価額も参考にはなりますが、市場価格とは異なる場合が多いので注意が必要です。
    • 有価証券:上場株式であれば取引所の終値など市場価格を基準とします。非上場株式は評価が非常に困難です。
    • 知的財産権:専門家(公認会計士、弁理士など)による評価が必要です。評価が難しい場合は、他の財産を検討するか、現金出資を検討する方が賢明な場合もあります。

    過大評価のリスク
    評価額が著しく過大であると、後から会社法上の責任(価額填補責任など)を問われたり、税務調査で否認されたりするリスクがあります。「いくらでも好きな金額に設定できる」というものではないと理解しておくことが非常に重要です。

    Q2. 検査役の調査は必ず必要ですか?費用はどのくらいかかりますか?

    A2. 原則必要ですが、特例があります。

    • 原則:裁判所への検査役選任の申立てが必要で、申立て費用、検査役報酬などで数十万円〜100万円以上かかることもあります。期間も数週間〜数ヶ月を要することがあります。
    • 特例:前述の「500万円以下」「市場価格のある有価証券」「専門家による評価証明」などの特例に該当すれば、検査役の調査は不要です。ほとんどのケースで「500万円以下」の特例が活用されています。

    Q3. 現物出資したら、その資産の所有権はいつ会社に移転しますか?

    A3. 会社の設立登記が完了した時点で、その資産の所有権は会社に移転します。

    現物出資の財産は、会社が設立されるまではあくまで「出資の約束」であり、会社が法人格を得て初めてその資産を正式に所有することになります。設立登記が完了するまでは、出資者個人の所有物として管理し続ける必要があります。

    Q4. 個人事業主が法人成りする際、現物出資は便利ですか?

    A4. 非常に便利ですが、税務上の注意が必要です。

    個人事業主が事業で使用していた設備、車両、備品などを法人に現物出資することで、現金を使わずに資本金を増やすことができ、スムーズな法人への事業承継が可能です。ただし、その資産の取得時期や購入金額、これまでの減価償却の状況によっては、個人に譲渡所得税が発生する可能性があります。必ず税理士に相談し、税務上の影響を確認した上で進めましょう。

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    当事務所による現物出資サポート体制

    現物出資は、会社設立の選択肢を広げる一方で、会社法や税務の知識が不可欠な複雑な手続きを伴います。「せっかく現物出資で会社を設立しようとしたのに、手続きが滞ってしまった」「知らなかった税金が発生してしまった」といった事態は避けたいものです。

    当事務所では、お客様が安心して現物出資による会社設立を進められるよう、多角的なサポートを提供しています。

    • 現物出資の要否・適格性の判断:お客様の状況を詳しくお伺いし、現物出資が最適かどうか、どの資産が現物出資に適しているかをアドバイスします。
    • 財産の適正評価に関する助言:客観的な評価方法や、必要な資料の準備についてサポートします。高額な資産の場合は、提携する不動産鑑定士や公認会計士と連携し、適切な評価を行います。
    • 定款作成支援:現物出資に関する必須記載事項を漏れなく、かつ会社法に則って定款に記載します。
    • 検査役調査の要否判断と特例活用のアドバイス:500万円以下の特例など、検査役調査が不要となる要件を満たすかどうかを確認し、費用と時間を最小限に抑えるためのアドバイスを行います。
    • 必要書類の作成支援:調査報告書、財産引継書など、現物出資に特有の書類作成をサポートします。
    • 設立登記申請手続きの一貫サポート:全ての書類が整った後、管轄の法務局への登記申請まで、スムーズな手続きを代行・サポートします。
    • 税理士など他士業との連携:現物出資に伴う税務上の影響について、提携する税理士をご紹介・連携し、お客様が安心して税務申告を行えるようサポートします。

    「このパソコンは現物出資できる?」「不動産を出資したいけど、いくらで評価すればいい?」など、どんな些細な疑問でも構いません。現物出資は専門性が高いため、自己判断せず、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。お客様の事業の成功に向け、最適な会社設立をサポートいたします。

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