個人事業主や不動産所得がある方が毎年行う「確定申告」には、「青色申告」と「白色申告」という2つの主要な申告方法があります。これらの選択は、単に申告書の種類を選ぶだけでなく、事業の税負担、日々の経理業務、そして将来の事業計画にまで大きな影響を及ぼします。また、法人も同様に「青色申告」の承認を受けることで様々な税制優遇を受けられますが、その内容は個人事業主とは異なります。それぞれの特徴と、あなたの事業にとってどちらが最適なのかを詳しく掘り下げていきましょう。
個人事業主の青色申告と白色申告
まず、個人事業主にとっての青色申告と白色申告について解説します。この二つの申告方法は、主に個人の所得に対する税金を計算する際に用いられます。
青色申告とは?
青色申告は、事業所得、不動産所得、または山林所得を得ている個人事業主が、税法で定められた一定の要件を満たすことで利用できる、税制上の優遇措置が手厚い申告制度です。この制度を利用するには、事前に税務署へ「青色申告承認申請書」を提出し、承認を得る必要があります。最大の要件となるのが、日々の取引を「複式簿記」という厳格なルールに基づいて記帳することです。
複式簿記は、一つの取引を「借方」と「貸方」の両面から記録する形式で、貸借対照表(バランスシート)と損益計算書(P/L)という財務三表の中核をなす書類を作成するために必要です。これにより、事業の財政状態や経営成績をより正確に把握できるメリットがあります。会計ソフトの普及により、以前に比べて複式簿記のハードルは下がっていますが、それでもある程度の簿記の知識や慣れが求められます。
白色申告とは?
一方、白色申告は、青色申告の承認を受けていないすべての個人事業主が選択する、基本的な申告方法です。以前は、白色申告であれば帳簿の作成や保存が不要というメリットがありましたが、平成26年(2014年)1月からは法改正により、所得の種類や金額にかかわらず、すべての白色申告者にも記帳と帳簿書類の保存が義務付けられました。
ただし、白色申告で義務付けられている記帳は、青色申告の複式簿記に比べて簡易的な「簡易簿記」で足りるとされています。これは、日々の売上や経費などを日付順に記録していく方式で、家計簿に近い感覚で比較的簡単に行うことができます。専門知識が少なくても始めやすいという点で、小規模な事業や副業から始める方にとっては敷居が低いと言えるでしょう。
個人事業主の青色申告の主要なメリット
青色申告が多くの個人事業主に選ばれる理由は、その税制上の大きな優遇措置にあります。主なメリットを具体的に見ていきましょう。
- 青色申告特別控除: 所得金額から最大で65万円(特定の要件を満たした場合)または10万円を控除できる制度です。これは、売上から経費を差し引いた所得金額から、さらに最大65万円を差し引けるため、課税対象となる所得が減り、結果として納める所得税や住民税を大幅に節税できます。
- 65万円控除の要件: 複式簿記による記帳を行い、損益計算書と貸借対照表を確定申告書に添付して提出すること。さらに、e-Taxによる電子申告を行うか、電子帳簿保存の承認を受けている必要があります。
- 10万円控除の要件: 簡易簿記による記帳でも適用されますが、控除額は10万円に限定されます。
- 青色事業専従者給与: 生計を一にする配偶者やその他の親族が事業に従事している場合、その支払った給与を全額経費として計上できる制度です。経費にできる金額に上限がないため、家族への給与を適切に設定することで、世帯全体の税負担を軽減できる可能性があります。
- 適用要件: 事前に「青色事業専従者給与に関する届出書」を税務署に提出し、届出書に記載した金額の範囲内で、かつ労務の内容や事業の規模に照らして適正な金額である必要があります。
- 純損失の繰越し控除: 事業を始めたばかりの頃や、景気の変動などで赤字が出てしまうこともあります。青色申告では、その赤字(純損失)を翌年以降3年間繰り越すことができる制度があります。例えば、1年目に200万円の赤字が出た場合、2年目に300万円の黒字が出ても、この赤字を繰り越して相殺できるため、2年目の課税所得は300万円-200万円=100万円となり、100万円に対する税金のみを支払えば済みます。
- 貸倒引当金の設定: 売掛金などが回収不能になるリスクに備えて、一定の金額をあらかじめ経費として計上できる貸倒引当金の設定も青色申告のメリットです。
- 30万円未満の減価償却資産の一括経費算入: 通常、10万円以上の事業用資産は減価償却という形で数年かけて経費化しますが、青色申告者(または法人)の場合、30万円未満の減価償却資産は年間300万円を上限として、購入した年に全額経費として計上できます(少額減価償却資産の特例)。
個人事業主の白色申告の主要な特徴と制約
白色申告は青色申告のような手厚い税制優遇はありませんが、その最大のメリットは記帳の簡便さにあります。
- 記帳・申告の手間が少ない: 複式簿記が不要で、簡易簿記による記帳で済むため、経理に割く時間や労力を最小限に抑えたい方には適しています。
- 青色申告特別控除はなし: 白色申告には、青色申告の最大65万円控除のような所得控除制度はありません。そのため、同じ所得金額であれば、青色申告者よりも多くの税金を納めることになります。
- 専従者控除の上限: 白色申告にも、家族への給与を税務上考慮する制度として「専従者控除」がありますが、青色申告の「青色事業専従者給与」とは異なり、控除できる金額に上限(配偶者で最大86万円、その他の親族で最大50万円)があります。
- 赤字の繰り越しは限定的: 白色申告では、原則として赤字の繰り越しはできません。災害などの特定の事由で生じた純損失に限り、例外的に翌年以降3年間繰り越すことが認められるケースがありますが、事業の赤字は対象外です。
法人における「青色申告」の重要性
次に、法人における青色申告について解説します。法人も個人事業主と同様に「青色申告」の承認を受ける制度があり、多くの税制優遇の適用条件となっています。ただし、法人の場合は「白色申告」という選択肢は実質的にありません。全ての法人は記帳義務があり、その記帳に基づいて法人税申告書を作成します。ここでいう「青色申告」とは、法人税法上の優遇措置を受けるための「承認」と理解すると良いでしょう。
法人が青色申告の承認を受けるためには、個人事業主と同様に、納税地の所轄税務署長に「青色申告の承認申請書」を提出する必要があります。設立から3ヶ月以内、または設立事業年度終了日のいずれか早い日までが提出期限です。
法人が青色申告の承認を受けるメリット
法人が青色申告の承認を受けることで享受できる主なメリットは以下の通りです。
- 欠損金の繰越控除・繰戻し還付:
- 繰越控除: 法人が事業で損失(欠損金)を出した場合、その欠損金を翌事業年度以降10年間(平成30年4月1日以前に開始した事業年度で生じた欠損金は9年間)にわたって繰り越すことができ、将来の所得と相殺できます。これにより、黒字になった年の法人税負担を大幅に軽減することが可能です。これは、特に創業期や設備投資を行った際に赤字になりやすい法人にとって非常に重要な制度です。
- 繰戻し還付: 当期に発生した欠損金を、前事業年度の所得と相殺し、すでに納めた法人税の還付を受けることができる制度です。ただし、中小法人等に限定されるなど、適用には厳しい要件があります。
- 各種税額控除の適用:
- 研究開発費の税額控除、雇用促進税制、中小企業投資促進税制など、国が推進する政策目的のために設けられた様々な特別税額控除の適用要件は、ほとんどが「青色申告法人であること」となっています。これらの控除を適用することで、法人税額を直接減らすことができます。
- 減価償却の特例:
- 個人事業主と同様に、中小企業者が取得した30万円未満の減価償却資産を、年間300万円を上限として全額損金算入できる「少額減価償却資産の特例」は、青色申告法人であることが要件です。
- 留保金課税の適用除外(同族会社の場合):
- 一定の同族会社に対して課される「留保金課税(社内に利益をため込みすぎた場合に課される税金)」は、青色申告法人であれば適用されません。
法人が青色申告の承認を受けないと、上記の重要な税制優遇が一切受けられなくなります。そのため、法人設立時には基本的に青色申告の承認申請を行うのが一般的であり、税務上も非常に有利な選択となります。
まとめ:適切な申告方法の選択と専門家との連携
個人事業主の青色申告と白色申告、そして法人の青色申告は、それぞれ異なる目的とメリットを持っています。いずれの形態においても、青色申告の承認を受けることで、手厚い税制優遇を享受できる点が共通しています。特に、長期的な事業成長を目指す上では、青色申告の承認を受け、適切な記帳を行うことが非常に重要です。
- 個人事業主の方へ: 事業規模が大きくなるほど、青色申告による節税メリットは大きくなります。記帳の手間はかかりますが、会計ソフトの活用や専門家のサポートを得ることで、効率的に対応することが可能です。
- 法人の方へ: 設立時に青色申告の承認申請を行うことは、将来的な税負担を軽減し、企業の成長を後押しするための必須のステップと言えます。
当事務所では、お客様一人ひとりの事業状況やご希望を丁寧にヒアリングし、個人事業主の方には青色申告と白色申告のどちらが最適か、また、法人設立を検討されている方には青色申告の承認申請を含めた設立手続きやその後の税務戦略まで、トータルでサポートしております。確定申告でお悩みの方、これから事業を始めようとお考えの方、あるいは法人化を検討されている方は、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。最適な申告方法の選択から、日々の経理、決算申告まで、お客様の事業の健全な成長を、税務の面から力強く後押しいたします。

