会社の設立準備が進み、あなたは今、人生を賭けた創業融資の「事業計画書」の作成に取り組んでいることでしょう。
「事業の見通し(収支計画)」の欄。あなたはエクセルを開き、家賃、光熱費、広告費、そして「人件費」を積み上げていきます。
「自分(社長)の役員報酬が月30万円」
「アルバイトの給与が月10万円」
「よし、人件費は合計で月40万円だ。運転資金は半年分として…240万円を計上しよう」
もし、あなたが今、まさにそのように計算していたとしたら。
その事業計画書は、金融機関の融資担当者の元に届いた瞬間、一発で「否決」の烙印を押されます。
なぜなら、あなたは、あなたの会社が法律上絶対に支払わなければならない、「もう一つの人件費」の存在を完全に見落としているからです。
それが、あなたが支払う給与総額の、およそ「15%」にも達する巨額の固定費、「社会保険料の会社負担分」です。
この記事は、その創業期のキャッシュフロー計算における最大の「罠」であり、あなたの経営者としての資質が問われる、「社会保険料」というコストの本質を徹底的に解説するものです。
なぜ、このたった一つの数字の計上漏れが、あなたの信用を地に落とすのか。その審査の深層心理と、このコストを完璧に運転資金に組み込み、逆にあなたの「計画性」を証明する最強の戦略を、新宿で数えきれないほどの企業の財務を設計してきた私たちが、徹底的に解説します。
第1章:【残酷な現実】会社は、「社長一人」でも、社会保険に、「強制加入」である
まず、多くの起業家が抱いている、二つの致命的な「誤解」を解く必要があります。
誤解1:「個人事業主」の常識は通用しない
個人事業主の時代は、加入する保険は「国民健康保険」と「国民年金」でした。これらは全額あなた「個人」が支払うものであり、事業の「経費」ではありませんでした。
しかし、あなたが「法人(会社)」を設立した瞬間、あなたは、法律上「個人」とは別人格の「会社」の経営者(役員)となります。
そして、法人は、法律(健康保険法・厚生年金保険法)により、たとえそれが社長一人の会社であっても、そこで働く役員・従業員を「健康保険(協会けんぽ)」と「厚生年金」に強制的に加入させる義務を負うのです。
誤解2:「給与」と「保険料」は別々に発生する
この社会保険料の最大の特徴は、その保険料の全額を従業員(社長)が負担するのではなく、「会社」と「個人」が半分ずつ負担(労使折半)するという点にあります。
つまり、あなたの会社は、
- あなた(社長)に役員報酬(給与)を支払う。
- その給与から天引きした「個人負担分の保険料」と、会社が別途用意した「会社負担分の保険料」を合算して、
- 翌月の末日までに、年金事務所へ納付する。
という義務が発生します。この、「会社負担分の保険料」こそが、あなたの事業計画書から抜け落ちている、「隠れたコスト」の正体です。
第2章:【審査官の思考】なぜ、「法定福利費」の計上漏れは、一発で審査に落ちるのか?
では、なぜ融資担当者は、あなたの事業計画書の収支計画の欄に、「法定福利費(=社会保険料の会社負担分)」という勘定科目が存在しない、あるいは過少であると気づいた瞬間に、あなたの融資を否決するのでしょうか。
理由1:【経営能力の欠如】―「この経営者は、素人だ」
審査官の心の声:「役員報酬、30万円。人件費、30万円。…よし。あれ?法定福利費が計上されていない。
まさか、この経営者は、社会保険料の会社負担分が発生することを、知らないのか?
月額、約4.5万円。年間で54万円もの巨額のコストが、この計画書からは完全に抜け落ちている。
こんな杜撰な計画を立てる人物は、経営者としての最低限の知識が欠如した『素人』だ。経営を任せることはできない。」
解説:社会保険への加入とそのコスト負担は、会社を経営する上で、法律で定められた最低限の「常識」です。その常識を知らないという事実は、あなたの経営者としての資質そのものへの疑念を抱かせます。
理由2:【収支計画の破綻】―「この計画は、絵に描いた餅だ」
審査官の心の声:「この計画書では、年間利益50万円という、ギリギリの黒字になっている。しかし、ここに計上されていない社会保険料54万円をコストとして加算すると、この事業は初年度から『4万円の赤字』に転落する。
つまり、この計画は最初から赤字であり、破綻している。返済原資がどこにもない。融資実行は不可能だ。」
解説:金融機関は、「利益」から返済原資を計算します。あなたの計画書の利益がたとえ黒字でも、そこに計上すべきコストが漏れていれば、担当者は頭の中でそのコストを差し引き、あなたの事業の「本当の実力」を再計算します。その結果が赤字であれば、審査は通りません。
理由3:【法律遵守の欠如】―「この経営者は、法律を守る気がない」
審査官の心の声:「この経営者は、もしかして、コストを知っていて、あえて計上していないのか?つまり、最初から社会保険に加入せず、法律違反の状態で事業を運営するつもりなのではないか?」
解説:日本政策金融公庫は、国の公的な金融機関です。税金や社会保険料といった公的な義務を遵守する意思のない経営者(=コンプライアンス意識の低い経営者)に、国のお金を貸し出すことは絶対にありません。
第3章:【実践ガイド】「会社負担額」の完璧な計算方法と、計上戦略
では、どうすれば、この致命的な「罠」を回避し、逆にあなたの「計画性」をアピールする武器に変えられるのでしょうか。
STEP 1:【魔法の数字】「給与総額の15%」と覚えよ
社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料)の料率は、都道府県や年度によって変動し、計算は非常に複雑です。
しかし、創業計画書を作成する段階では、そこまで厳密な計算は不要です。
私たち専門家が使う、魔法の概算ルール。それが、「会社負担分の社会保険料は、役員報酬や給与の総支給額のおよそ15%」という数字です。(※40歳未満の場合。40歳以上は介護保険料が加わり、約16%となります)
ケーススタディ:あなたの会社の人件費
- あなたの役員報酬(月額):300,000円
- 従業員Aの給与(月額):200,000円
- 人件費(給与)合計:500,000円 / 月
この場合、あなたの会社がこの「給与」とは別に用意しなければならない、「社会保険料(会社負担分)」は、
500,000円 × 15% = 75,000円 / 月
となります。
あなたの会社が毎月支払う人件費の本当の総額は、50万円ではなく、57万5千円だったのです。
STEP 2:「収支計画」と「運転資金」の両方に計上する
この導き出された「月額7.5万円」という数字を、あなたの事業計画書の2つの場所に、完璧に反映させます。
①「8 事業の見通し(収支計画)」の「経費」の欄
- 人件費(給与):500,000円
- 法定福利費:75,000円 ← 【!】この一行が、あなたの信用を創る
②「7 必要な資金(運転資金)」の欄
(仮に、運転資金を6ヶ月分、見込む場合)
- 人件費(給与):500,000円 × 6ヶ月 = 3,000,000円
- 法定福利費:75,000円 × 6ヶ月 = 450,000円 ← 【!】
この「45万円」を、運転資金として堂々と計上し、融資希望額に含めること。
それこそが、「私は法律を遵守し、かつ会社が支払うべき全てのコストを正確に把握した上で、融資を申し込んでいます」という、経営者としての最高の資質を証明するアピールとなるのです。
第4章:【FAQ】「社会保険」と「創業融資」に関する、一歩進んだ疑問
最後に、この創業期の社会保険について、さらに深く検討されている起業家の皆様から、私たちが特によくお受けする、専門的なご質問とその回答を、Q&A形式でまとめました。
Q1. 創業1年目は赤字になる予定です。役員報酬を「ゼロ」にすれば、社会保険料もゼロにできますか?
A1. はい、税務上・法務上は可能です。しかし、それが創業融資の審査において、致命的なマイナス評価になることを覚悟しなければなりません。
審査官の視点
役員報酬をゼロに設定したあなたの事業計画書は、
- 「どうやって生活するのか?」という根本的な疑問を生みます。(→計画の非現実性)
- 「自己資金を切り崩して生活する」と答えれば、「会社の運転資金として投下するはずの自己資金を、結局社長が食い潰す(公私混同)するのか」と判断されます。
結果として、「社会保険料を節約する」という小さなメリットと引き換えに、「融資審査に落ちる」という壊滅的なデメリットを被るのです。
プロの正解
経営者が最低限生活できる報酬(例:月25万円)を計上し、それに対する社会保険料(例:月3.7万円)も計上し、その「全てを含めた運転資金」を堂々と借りる。これこそが王道です。
Q2. 従業員はすべて「アルバイト」や「パート」で雇う予定です。この場合も社会保険は必要ですか?
A2. 答えは、「YES」と「NO」の両方です。
まず、あなた社長自身は、報酬を受け取る以上、必ず加入しなければなりません。
アルバイト・パートの方については、その「労働時間」によって加入義務が決まります。
加入義務が発生するライン(目安)
そのアルバイトの1週間の所定労働時間、および1ヶ月の所定労働日数が、同じ職場で働く正社員の、「4分の3以上」である場合。
(例:正社員が週40時間勤務なら、週30時間以上働くアルバイトは、社会保険の加入対象)
プロの視点
創業計画書に、「時給1,200円 × 1日8時間 × 週5日 = 月額192,000円」のアルバイトを雇う、と記載したとします。
その時点で、審査官は、「このアルバイトは週40時間勤務だ。つまり、社会保険の加入対象だ。なのに、法定福利費が計上されていない。この経営者は法律を知らない素人だ」と一瞬で見抜くのです。
Q3. 「社会保険料」と別に、「労働保険料(労災・雇用)」も見込んでおく必要がありますか?
A3. はい、もちろんです。たとえアルバイト一人であっても、人を雇う以上、労働保険(労災保険・雇用保険)への加入も法律上の義務です。
コストの目安
労働保険料の会社負担分は、社会保険料ほど高くはありません。業種によっても異なりますが、目安として、「支払う給与総額の、約0.9%~1.2%程度」(例:給与20万円なら、月2,000円程度)です。
戦略的な意味
金額は小さいです。しかし、あなたの事業計画書の経費の欄に、「法定福利費(社会保険料)」と並んで、「労働保険料」という一文が計上されているかどうか。
それこそが、審査官に対して、「この経営者は、神は細部に宿る、という言葉を知っている。経営者が負うべき全ての法的コストを、完璧に把握しているプロフェッショナルだ」と、あなたの評価を決定づける最後の一押しとなるのです。
Q4. 「マイクロ法人」を設立して、社会保険料を節約する、という戦略はどうですか?
A4. これは、非常に高度な税務・社会保険戦略です。
「マイクロ法人」戦略とは、個人事業主としての事業(例:Webライター)はそのまま継続し、それとは別に、社長一人だけの法人(例:資産管理会社)を設立。その法人の役員報酬を極端に低く(例:月5万円)設定することで、社会保険料の負担を最小限に抑える、という手法です。
この手法は、「既存の個人事業主が、税金・社会保険料を最適化する」という目的においては、非常に有効な場合があります。
しかし、創業融資の観点からは、どうでしょうか?
あなたが、その役員報酬月5万円の「マイクロ法人」で、金融機関に創業融資を申し込んだとします。
審査官の視点
「役員報酬が月5万円?これでは生活が成り立たない。ああ、なるほど、別に個人事業の収入があるのか。…では、この法人は一体何のために存在するんだ?節税のためか?実態のないペーパーカンパニーではないか?」
このように、「マイクロ法人」というスキームそのものが、あなたの事業の実態を不明瞭にし、金融機関の不信感を招く、重大なリスクをはらんでいます。
結論
創業融資という、あなたの人生のスタートダッシュにおいて、最も重要なのは、小手先の「節税テクニック」ではありません。
それは、あなたの事業の「本気度」と「計画性」を、シンプルに、そして誠実に、伝えることです。
「マイクロ法人」のような複雑なスキームの導入は、事業が完全に軌道に乗り、利益が安定的に出た、そのずっと後のステージで検討すべき課題です。
結論:「見えないコスト」を、直視できる者が、経営を制す
社会保険料。
それは、多くの創業者にとって、目を背けたい、「見えないコスト」です。
しかし、金融機関のプロの目には、それは、あまりにも明確に、「見えている」コストです。
その、誰もが見落とすコストを、あなたがいかに正確に把握し、堂々と事業計画に組み込み、そして、その支払い原資まで含めて、融資を要求できるか。
それこそが、あなたが、「素人」の起業家から、「本物の経営者」へと、脱皮する、最初の試練なのです。
私たち、荒川会計事務所は、その、あなたの会社の未来のキャッシュフローに潜む、全ての、「見えないコスト」を可視化し、それを、最強の財務戦略へと変える、専門家です。
あなたの「人件費」、まだ、「給与」だけで、計算していませんか?
その「15%」の、見落としが、あなたの、会社の、命取りに、なります。
まずは無料相談で、あなたの、事業計画書に、潜む、「隠れたコスト」を、私たち、プロの目で、診断させてください。
記事執筆監修者
荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。
会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。
事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F
電話番号 0120-016-356
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