資本金1,000万円未満でも消費税がかかる?「特定期間」の罠と3つの回避策【完全版】

「資本金1,000万円未満で会社を作れば、最初の2年間は消費税がかからない」

起業・独立を志す方なら、一度は耳にしたことがある「常識」でしょう。 しかし、この常識を信じ込んでいた経営者のもとに、創業2年目を迎えたある日、税務署からこんな通知が届くことがあります。

「貴社は『特定期間』の要件に該当するため、今期(2期目)から消費税の課税事業者となります」

「えっ!? 資本金は300万円だし、年商もまだ3,000万円いってないのに、なぜ?」

これこそが、創業期最大の落とし穴である「特定期間(とくていきかん)」の罠です。 この罠にかかると、本来なら免税(0円)で済んだはずの2期目に、数百万円もの消費税を納めなければならなくなります。資金繰りの厳しい創業期において、これは致命傷になりかねません。

しかし、安心してください。このルールには、知っている人だけが使える「明確な回避ルート」が存在します。

この記事では、特定期間の複雑な判定メカニズムを解き明かし、判定基準となる「売上」と「給与」のコントロール方法、さらには「1期目の決算月を7ヶ月以内にする」あるいは「期中に決算期変更をして回避する」という高度な実務対応まで、プロの税理士が徹底的に解説します。

無知による課税を防ぎ、創業期の貴重なキャッシュを守り抜きましょう。

【本記事の根拠となる主な法令】
  • 消費税法 第9条の2:前年等の課税売上高による納税義務の免除の特例(特定期間の判定)
  • 消費税法 第12条の2:新設法人の納税義務の免除の特例(資本金基準)
  • 消費税法施行令 第20条の5:特定期間の特例(短期事業年度)
  • 消費税基本通達 1-5-23:給与等支払額の範囲

第1章:そもそも「消費税免税」の基本ルールとは?

特定期間の話に入る前に、まずは消費税の納税義務が決まる「基本原則」をおさらいしましょう。

原則1:基準期間(2年前)の売上が1,000万円超

消費税を払う必要があるかどうかの判定は、原則として「2期前(基準期間)」の課税売上高で行います。 設立1期目と2期目の会社には、そもそも「2期前」が存在しません。だから原則として免税(0円)なのです。

原則2:資本金が1,000万円以上なら初年度から課税

ただし、設立時の資本金が1,000万円以上の会社は、資金力があるとみなされ、特例として1期目から強制的に課税事業者になります(消費税法第12条の2)。 そのため、多くのベンチャー企業は資本金を999万円以下などに設定して創業します。

ここまではご存じの方も多いでしょう。 問題は、資本金要件をクリアしていても引っかかる、第3のルール「特定期間」です。

第2章:「特定期間」の罠とは?創業後半年の成績表

特定期間とは、簡単に言えば「前期の最初の6ヶ月間」のことです。 国はこう考えました。「2年前の売上がなくても、直近半年でメチャクチャ稼いでいる会社からは、税金を取るべきだ」と。

判定のルール:1,000万円の壁

具体的には、その事業年度の納税義務を判定する際、「特定期間(前期の開始日から6ヶ月間)」において、以下のいずれか一方でも1,000万円を超えている場合、原則として課税事業者となります。

  • A. 課税売上高
  • B. 給与等支払額(役員報酬・給与・賞与の合計)
【ここが最大のポイント】
法律の読み方として、原則は「売上高」で判定しますが、「売上の代わりに給与支払額を使って判定しても良い」という特例があります。
つまり、
「売上が1,000万円を超えていても、基準期間が存在しない場合には、給与支払額が1,000万円以下であれば免税となります」
(消費税法9条の2第1項、基本通達1-5-21)

3月決算の法人(4/1設立)の例

【1期目(設立年度)】
・資本金1,000万円未満なので、無条件で免税

【2期目】
・基準期間(2年前)はないので、原則は免税。
・しかし、「特定期間(1期目の4/1〜9/30)」の判定が入ります。
・この6ヶ月間で「売上」と「給与」がどうだったか?

ケース 売上(半年) 給与(半年) 2期目の判定
ケース① 1,200万円 1,100万円 課税(アウト)
ケース② 1,200万円 800万円 免税(セーフ!)
ケース③ 800万円 1,100万円 免税(セーフ!)

このように、「売上と給与のいずれか一方でも1,000万円を超えると課税事業者となりますが、基準期間がない場合には給与基準での判定が可能」というのが実務上の鉄則です。

第3章:【完全シミュレーション】2期目・3期目・4期目の「課税・免税」判定フロー

特定期間の判定は、2期目だけでなく、3期目以降にも影響を及ぼします。 「創業時の判定」が後々どう効いてくるのか、タイムラインで整理しましょう。

2期目の判定(1期目の特定期間を見る)

判定対象:1期目の期首〜6ヶ月間
ここで1,000万円を超えると、2期目が課税事業者になります。

3期目の判定(2つのハードル)

3期目からは、判定基準が2つに増えます。

  • ハードル1(基準期間):1期目の年商が1,000万円を超えているか?
    → 超えていれば問答無用で課税(アウト)。
  • ハードル2(特定期間):2期目の前半6ヶ月が1,000万円を超えているか?
    → 基準期間(1期目)が1,000万円以下でも、直近(2期目前半)が好調ならここで課税(アウト)になります。

【よくある悲劇】
1期目の売上は800万円(基準期間セーフ)だったが、2期目に急成長して前半だけで売上5,000万円、給与2,000万円になった。
3期目は課税事業者になります(特定期間の要件でアウト)。

4期目の判定(さらに複雑化)

同様に「2期目の年商(基準期間)」と「3期目の前半(特定期間)」で判定します。 成長企業であれば、2期目の段階で年商1,000万円を超えていることが多いため、4期目からは基準期間要件で課税事業者になるのが一般的です。

【まとめ:免税を長く続けるための条件】
2期目も免税にするには:1期目前半の「売上」か「給与」を1,000万円以下にする。
3期目も免税にするには:1期目の「年商」を1,000万円以下にし、かつ2期目前半の「売上」か「給与」を1,000万円以下にする。

第4章:回避策①「給与等支払額」をコントロールする

意図的に売上計上時期を操作することは、税務上問題となります。 しかし、給与(役員報酬)は、設立時の設計によって適正にコントロールすることが可能です。

「給与等支払額」に含まれるもの・含まれないもの

ここでの「給与」とは、所得税の対象となる給与・手当・賞与の総額です。

  • 含まれる:役員報酬、従業員の基本給、残業代、ボーナス、通勤手当(非課税分含む ※注)、現物給与
  • 含まれない:退職金、法定福利費(社会保険料の会社負担分)、外注費、未払給与(特定期間中に支払われていないもの)

※注:実務上の判定では、源泉徴収簿の支給額(非課税通勤手当を除く)を用いることが一般的ですが、消費税法の「給与等」の定義には非課税通勤手当は含まれません。詳細な計算は税理士に確認してください。

戦略:最初の半年の役員報酬を低く設定する

最も簡単な対策は、「会社設立から6ヶ月間は、役員報酬を低めに設定する」ことです。 例えば、社長1人の会社で、最初の半年間の役員報酬を月額150万円(半年で900万円)にしておけば、たとえ売上が1億円あっても、2期目は免税事業者になれます(基準期間がない場合)。

また、従業員を雇用する場合も、「賞与(ボーナス)の支給月を7ヶ月目以降にする」ことで、特定期間中の支払額を圧縮できます。

第5章:回避策②「7ヶ月決算」と「決算期変更」の魔法

もし、「最初の半年から役員報酬もガンガン出したい」「従業員も最初から大量に雇う」という場合はどうすればいいでしょうか? その場合の切り札が「1期目の事業年度を7ヶ月以下にする」という方法です。

なぜ「7ヶ月」なのか?

消費税法の規定(施行令第20条の5)により、「前期(1期目)が7ヶ月以下(短期事業年度)」である場合、当期(2期目)の判定に使う『特定期間』が存在しないことになります。

正確には、前期が7ヶ月以下の場合、特定期間は「前期の前(前々期)」を見るというルールになるのですが、2期目の会社にとって「前々期」は存在しません。 結果として、1期目の売上や給与がいくらあろうとも、特定期間の判定自体が行われず、2期目は原則として免税事業者となるのです。

【実務上の対策】期中に気づいた時の「決算期変更」

「会社を作っちゃったけど、1年決算にしてしまった。もう半年経って売上も給与も1,000万円を超えそうだ…」 という場合でも、諦めるのは早いです。

1期目の途中で「決算期変更(けっさんきへんこう)」を行い、1期目を強制的に7ヶ月以下で終わらせてしまえば良いのです。

【実行手順】
1. 株主総会を開き、定款(決算月)の変更を決議する。
2. 税務署に「異動届出書」を提出する。
(※登記簿上の変更は不要な場合も多いですが、定款変更は必須です)

これにより、1期目が短期事業年度となり、2期目の消費税課税を回避できます。 決算の手間や法人住民税(均等割7万円)は増えますが、消費税数百万円の節税効果があれば、やる価値は十分にあります。

第6章:特殊なケース(合併・分割・相続)の判定ルール

会社を新設したのではなく、M&Aや相続で事業を引き継いだ場合、特定期間の判定は非常に複雑になります。

相続の場合

個人事業主が死亡し、事業を相続した場合、特定期間の判定には「被相続人(亡くなった人)の売上」も加味されます。 「自分は開業したばかりだから免税」と思っていても、親の事業規模が大きければ、最初から課税事業者になる可能性があります。

合併・分割の場合

会社を吸収合併したり、事業分割で新会社を作った場合、「合併法人(消滅した会社)や分割法人(元の会社)」の売上を引き継いで判定します。 「新設分割で新しい会社を作ったから2年免税!」とはいきません。特定期間だけでなく、基準期間の判定においても元の会社の売上が合算されるため、多くの場合、初年度から課税事業者となります。

第7章:【FAQ】特定期間に関する実務Q&A(20選)

最後に、特定期間についてよくある質問に回答します。

Q1. 個人事業主にも特定期間はありますか?

A. はい、あります。

個人事業主の場合、特定期間は「前年の1月1日〜6月30日」です。この期間の課税売上高または給与等支払額が1,000万円を超えると、翌年(当年)は課税事業者になります。

Q2. 特定期間の給与に「通勤手当」は入りますか?

A. 所得税法上非課税となる通勤手当は含まれません。

特定期間の判定に使う「給与等支払額」は、所得税の対象となる給与等がベースです。通常、非課税通勤手当は除外して計算します。

Q3. 社会保険料の会社負担分は給与に入りますか?

A. 入れません。

法定福利費(会社負担分)は給与等支払額には含まれません。あくまで従業員や役員に「支給した額(額面)」が対象です。

Q4. 外注費は給与に含まれますか?

A. 含まれません。

業務委託契約に基づく外注費は給与ではありません。ただし、実態が雇用契約とみなされる場合(偽装請負など)、税務調査で給与認定され、特定期間の判定が覆るリスクがあります。

Q5. 特定期間の判定で1,000万円を超えたら、届出は必要ですか?

A. 「消費税課税事業者届出書」の提出が必要です。

自動的に課税されるわけではなく、届出が必要です。提出しなくても納税義務は生じますが、無申告加算税のリスクがあります。

Q6. 1期目が8ヶ月の場合、特定期間はどうなりますか?

A. 期首から6ヶ月間が特定期間となります。

7ヶ月「超」なので、通常通り最初の6ヶ月で判定を行います。7ヶ月以下(短期事業年度)の特例は使えません。

Q7. 2期目から課税事業者になった場合、簡易課税は選べますか?

A. 選べます(届出が必要です)。

特定期間による課税事業者に該当する場合、適用される課税期間の開始日の前日(1期目の決算日)までに「簡易課税制度選択届出書」を提出すれば、2期目から簡易課税を適用できます。

Q8. 売上1,000万円は「税込」ですか?「税抜」ですか?

A. 免税事業者の期間は「税込」で判定します。

1期目が免税事業者であれば、特定期間の売上1,000万円判定は「税込金額」で行います。つまり、税抜910万円くらいでも、税込だと1,000万円を超える可能性があります。

Q9. 特定期間の判定を避けるために、売上を翌月にずらしてもいいですか?

A. 意図的に売上計上時期を操作することは、税務上問題となります。

売上は「実現主義(引き渡し基準)」で計上しなければなりません。不自然な計上時期のズラしは税務調査で指摘されます。給与の支給日や決算期の変更など、合法的な手段で対策してください。

Q10. 1期目の途中で資本金を増資して1,000万円にしたら?

A. 1期目は免税のままですが、2期目以降の判定には影響しません。

「資本金1,000万円以上での強制課税」は、あくまで「期首時点」の資本金で判定します。期中の増資は当期の納税義務には影響しません。ただし、翌期首の資本金が1,000万円以上なら、翌期は特定期間に関係なく課税事業者になります。

Q11. 特定期間に給与を未払計上した場合、判定額に含まれますか?

A. 含まれません。

給与等の判定は「支払ベース」です。資金繰りが厳しく未払いになっている給与は、特定期間の判定額にはカウントされません。

Q12. 7ヶ月決算にした場合、次の決算はいつですか?

A. 変更後の決算月から1年後です。

例えば4月設立で10月末決算(7ヶ月)にした場合、2期目は11月1日〜翌年10月31日となります。その後もずっと10月決算になります。

Q13. インボイスの2割特例と、免税事業者、どっちが得ですか?

A. 納税額だけで言えば「免税(0円)」が最強です。

2割特例は負担が減るとはいえ、税金を払うことには変わりありません。取引先が一般消費者などでインボイス不要なら、特定期間を回避して免税事業者でいるのが最も手残りが多くなります。

Q14. 設立から半年後に役員報酬を上げても大丈夫ですか?

A. 大丈夫です(特定期間判定には影響しません)。

特定期間は「最初の6ヶ月」だけを見ます。7ヶ月目以降に給与をドカンと上げても、判定には影響しません。ただし、役員報酬の期中変更は法人税法上の制限(定期同額給与)があるため、期首から3ヶ月以内の変更や、臨時株主総会での決議など、慎重な手続きが必要です。

Q15. 特定期間の給与等の金額に退職金は含まれますか?

A. 含まれません。

所得税法上の退職所得となるものは、特定期間の判定における給与等支払額には含まれません。

Q16. 輸出売上が1,000万円超、国内売上0円の場合、特定期間はどうなりますか?

A. 課税売上高には輸出売上(免税売上)も含まれます。

輸出は消費税0%ですが、「課税売上」の一種です。したがって、輸出だけで1,000万円を超えていれば、特定期間の要件(売上基準)を満たすことになります。

Q17. 特定期間の判定で課税事業者になった場合、いつから課税されますか?

A. 翌事業年度(2期目)の初日からです。

1期目の途中から課税されるわけではありません。

Q18. 給与等の金額判定は、1円単位まで厳密ですか?

A. はい、厳密です。

1,000万円を1円でも超えればアウトです。「だいたい1,000万円」ではなく、正確に集計する必要があります。

Q19. 特定期間による課税事業者は、何年間続きますか?

A. 原則1年間です。

毎期ごとに判定を行います。3期目については、2期目の前半(特定期間)の実績で再度判定します(もちろん、基準期間の売上判定もあります)。

Q20. 自分で判定するのが不安です。

A. 少しでも不安なら税理士に相談してください。

判定をミスすると、過去に遡って消費税+無申告加算税+延滞税を請求されます。リスクが大きすぎるため、プロのチェックを受けることを強くお勧めします。

まとめ:消費税は「知っているか、知らないか」だけの勝負

特定期間の罠は、知っていれば簡単に回避できます。 しかし、知らなければ数百万円を失います。

特に「7ヶ月決算」や「給与コントロール」は、会社設立の段階で設計しておかなければ手遅れになる対策です。 「とりあえず会社を作って、後で税理士を探そう」と考えていると、その時にはもう罠にハマっているかもしれません。

荒川会計事務所では、会社設立前の段階から「消費税シミュレーション」を行い、最も手残りが多くなる創業プランをご提案しています。 これから起業する方、設立して間もない方は、ぜひ一度ご相談ください。

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記事執筆監修者

荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。

    

会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。

事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F

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