「役員報酬ゼロ」はあり?創業期の資金繰りと税務リスクを徹底検証|税理士が教える究極の選択

会社を設立したばかりの創業期は、希望と不安が入り混じる時期です。売上はまだ安定せず、一方で家賃、システム利用料、広告費といった経費は容赦なく発生します。通帳の残高がみるみる減っていくのを目の当たりにし、「まずは会社にお金を残すことが最優先だ」と考えるのは、経営者として極めて自然な心理でしょう。

そこで多くの経営者が思いつくのが、「役員報酬をゼロにすれば、資金繰りが一気に楽になるのではないか?」という選択肢です。

たしかに、社長ひとりの会社であれば、自分が我慢すれば誰にも迷惑はかかりません。報酬を削れば現金流出が減り、決算書の見た目上は赤字を避けられるかもしれません。さらに、重くのしかかる社会保険料や源泉所得税の事務負担もなくなり、一石二鳥、いや三鳥にも思えます。

しかし、数多くのスタートアップを支援してきた税理士として、結論を申し上げます。

安易な「役員報酬ゼロ」は、銀行からの信用を破壊し、税務リスクを最大化させ、会社の成長の芽を自ら摘んでしまう「劇薬」です。

短期的には資金繰りが改善したように見えても、その代償として「創業融資が通らない」「追加融資が受けられない」「役員貸付金という不良資産が膨らむ」「税務調査で否認される」といった、取り返しのつかないリスクを抱えることになります。

この記事では、創業者が陥りやすい「役員報酬ゼロ」という判断について、法務・税務・銀行融資・社会保険といったあらゆる観点から徹底的に解剖します。

  • なぜ金融機関は「無報酬の経営者」を危険視するのか?
  • 生活費が足りなくなった時、絶対にやってはいけない「資金移動」とは?
  • 社会保険料を払ってでも報酬を出すべき「分岐点」はどこか?
  • 逆に、戦略的に「ゼロ」を選択すべき例外的なケースとは?

これらを詳細なシミュレーションと法的根拠に基づいて解説します。あなたの会社を守り、着実に成長させるための「適正な役員報酬の決め方」を、この記事で完全にマスターしてください。

第1章:なぜ「役員報酬ゼロ」が魅力的に見えるのか?3つのメリットと落とし穴

まずは、なぜ多くの経営者が無報酬を選びたくなるのか、その「合理的な理由」を整理しましょう。これらは確かにメリットですが、あくまで「短期的な効果」に過ぎない点に注意が必要です。

メリット1:会社のキャッシュアウトを最小化できる

創業期における最大の資源は「現金(キャッシュ)」です。売上が入金されるまでのタイムラグ(サイト)がある中で、家賃・仕入・外注費などの支払いは待ってくれません。

例えば、月額30万円の役員報酬を設定した場合、年間で360万円の現金が会社から出ていきます。これをゼロにできれば、その360万円を広告宣伝費や設備投資、あるいは不測の事態への備えとしてプールできます。「まずは事業を軌道に乗せるために、自分の取り分は後回しにする」という考え方は、起業家の精神として尊いものです。

メリット2:社会保険料や源泉所得税の負担がなくなる

役員報酬を支給すると、会社は単に給与を払うだけでなく、以下の「付帯コスト」と「事務負担」を負います。

  • 社会保険料(会社負担分):支給額の約15%。月30万円なら約4.5万円、年間約54万円のコスト増。
  • 源泉所得税の預かり・納付事務:毎月の給与計算、納付書の作成、金融機関での納付手続き。
  • 住民税の特別徴収:各自治体への納付手続き。

役員報酬をゼロにすれば、これらのコストは「ゼロ」になります。特に社会保険料の会社負担分は、赤字企業にとっては非常に重い負担です。これを回避できることは、財務上の大きなメリットに見えます。

メリット3:赤字回避など決算書の見栄えが良くなる

創業1年目は初期投資がかさみ、どうしても赤字になりやすいものです。しかし、販売管理費の中で最も大きな割合を占める「役員報酬」を削ることで、決算書の最終利益を黒字、またはトントンに持っていくことができます。

「初年度から黒字決算を達成した」という事実は、経営者の精神衛生上も良く、対外的な見栄えも良いように感じられます。

第2章:【銀行融資の視点】無報酬の社長にお金は貸せない理由

しかし、資金調達のプロである金融機関(日本政策金融公庫や信用金庫)は、全く別の尺度であなたの会社を評価します。融資審査において「役員報酬ゼロ」は、プラス評価どころか、むしろ「計画性の欠如」や「リスク管理の甘さ」を示す危険信号と見なされます。

審査官の最大の疑問:「社長の生活費はどう捻出するのか?」

銀行は、事業計画書の数字だけでなく、「経営者という人間」を審査しています。その際、最も重視されるのが「生活の安定性」です。

あなたが「会社の利益のために私の給料はゼロにします!」と熱く語ったとしても、担当者の頭の中は次のような疑念で一杯になります。

  • 「自宅の家賃や光熱費、食費はどこから出すつもりなのか?」
  • 「貯金を切り崩すと言うが、その貯金はあと何ヶ月持つのか?」
  • 「生活が苦しくなったら、会社の金に手を付けるのではないか?」

生活基盤が不安定な経営者が舵を取る会社は、倒産リスクが極めて高いと判断されます。つまり、「役員報酬ゼロ=生活破綻リスク=融資否決」という図式が成り立つのです。

銀行が言う「実質赤字」とは?

無理に役員報酬を削って黒字に見せた決算書のことを、金融機関の用語で「実質赤字」と呼びます。

本来支払うべき労働対価(社長の適正な給与)を支払わずに利益が出ているように見せかけているだけですから、それは事業の本当の実力ではありません。審査の現場では、以下のような修正を加えて再計算されます。

【銀行内での修正計算】

表面上の利益: +100万円
(マイナス)社長の適正生活費: -360万円(月30万円×12ヶ月)
実質利益: -260万円(大赤字)

この計算の結果、返済能力なし(償還能力不足)と判断され、追加融資の道は閉ざされます。「黒字に見せるための工夫」が、逆に自分の首を絞めることになるのです。

第3章:【税務の視点】「役員貸付金」という時限爆弾

役員報酬をゼロにした経営者が、生活費不足に陥った際についやってしまう最大の過ち。それが「会社の口座から少しだけお金を借りる」という行為です。

「給料はもらっていないけど、個人のカード引き落としが足りないから、会社の口座から10万円だけ移そう。売上が入ったらすぐに戻せばいい」

この軽い気持ちで行った引き出しは、会計上「役員貸付金」という勘定科目で記録されます。そして、この勘定科目こそが、銀行と税務署の両方から最も嫌われる「最悪の履歴」となるのです。

役員貸付金がもたらす3つの重大リスク

1. 銀行融資の完全停止(資金使途違反)

銀行は「事業のために貸したお金が、社長個人の生活費や遊興費に流用されている」と判断します。これは「資金使途違反」という重大な契約違反であり、背信行為です。決算書に多額の役員貸付金がある会社に、新規で融資をする銀行はありません。

2. 認定利息の課税(受取利息の計上)

会社が社長にお金を貸しているということは、税務上、会社は社長から「利息」を受け取るべきです。実際には利息を受け取っていなくても、税務署は「受け取ったはずだ」とみなして、その利息分(認定利息)を会社の収益に加算し、法人税を課税します。

3. 役員賞与認定(往復ビンタの追徴課税)

税務調査において、「これは貸付金ではなく、実質的な給与(賞与)だ」と認定されるリスクがあります。役員への臨時ボーナスは経費になりません(損金不算入)。そのため、会社には法人税がかかり、さらに個人には所得税がかかるという「往復ビンタ」のような二重の追徴課税を受けます。

無報酬でスタートする → 生活費が不足する → 会社から借りる(役員貸付金) → 融資が止まる・税金が増える。
この「負の連鎖」は、多くの創業者を破綻に追い込んできた典型的なパターンです。

第4章:シミュレーション比較|報酬あり vs 報酬なし

では、具体的に数字で比較してみましょう。 「会社に利益が500万円出る」と仮定した場合、役員報酬を「ゼロ」にした場合と、「月額30万円」にした場合で、最終的に手元に残るお金と会社のリスクはどう変わるのでしょうか。

項目 パターンA:報酬ゼロ パターンB:月額30万円
役員報酬(年額) 0円 360万円
社会保険料(会社負担) 0円 約54万円
会社の利益 500万円 86万円
法人税等(約25%) 約125万円 約22万円
個人の手取り 0円(生活不可) 約290万円
銀行評価 実質赤字・生活基盤不安
(融資困難)
黒字・計画性あり
(融資有利)

【解説】
パターンA(報酬ゼロ)では、法人税が125万円も発生します。確かに社会保険料の54万円は浮きましたが、その倍以上の税金を払うことになります。しかも、社長の手元には1円も入らず、生活費のために貯金を切り崩すか、会社から借りる(役員貸付金)というリスクを冒さなければなりません。

一方、パターンB(月額30万円)では、社会保険料はかかりますが、法人税は大幅に圧縮され、個人の生活費も確保されています。銀行から見ても「社長の給料を払った上で黒字」という健全な状態であり、追加融資の審査でも非常に有利になります。

第5章:それでも「ゼロ」が正解になる3つの例外ケース

ここまで「役員報酬ゼロ」のリスクを強調してきましたが、全てのケースで間違いというわけではありません。戦略上、無報酬が合理性を持ち、かつリスクが低いケースも存在します。

ケース1:副業での法人設立(プライベートカンパニー)

あなたがサラリーマンとして本業を持ち、十分な給与所得がある場合です。副業で設立した法人の役員報酬をゼロにすれば、本業の給与に上乗せされる税金や社会保険料の負担を避けることができます。生活費は本業の給与で賄えているため、「生活基盤の不安」という銀行の懸念も払拭できます。

ケース2:資産管理会社(不動産・株式保有)

不動産や株式を保有するためだけの会社で、社長が実質的な労働をしていない場合です。利益は会社に内部留保し、将来の退職金や大規模修繕に備えるという明確な戦略があれば、毎月の報酬をゼロにする合理性があります。

ケース3:赤字が予定される研究開発型ベンチャー(J-kiss等)

バイオベンチャーや大規模なシステム開発など、プロダクトが完成するまで数年間は売上が立たないことが前提の事業です。この場合、創業者は外部からの出資(エクイティ)や自己資金で生活し、会社の資金は全て開発費に充てるという説明がつきます。ただし、これは一般的な融資審査とは異なる、ベンチャーキャピタルなどの投資家向けのロジックです。

第6章:プロが推奨する「最適解」—生活できる最低ラインでの報酬設定

一般的な創業者が取るべき最適解は、「月20〜30万円程度の最低限の生活費を役員報酬として設定する」ことです。

「贅沢はしないが、生活はできる」というラインを死守することで、以下の3つのメリットを同時に得られます。

  1. 公私混同を防止:生活費が確保されているため、会社の財布に手をつける必要がなくなります。
  2. 融資審査でプラス評価:「社長の人件費を払った上でも、事業が回る計画である」ことを証明できます。
  3. 社会保険の適正加入:将来的に法人として人を雇う際や、助成金を申請する際に、適正に社会保険に加入していることが必須条件となります。

資金不足時は「役員借入金」で対応する

もし会社の資金繰りが厳しくなり、役員報酬を払う現金がなくなった場合はどうすればよいでしょうか?

正解は、「社長個人の貯金から会社へお金を貸す」ことです。

これは会計上「役員借入金」となります。「役員貸付金(会社→社長)」は悪ですが、「役員借入金(社長→会社)」は善です。銀行からは「社長が身銭を切って会社を支えている(実質的な資本金の追加)」として、ポジティブに評価されます。

第7章:【FAQ】役員報酬に関するよくある8つの質問

最後に、役員報酬の設定や変更について、創業者の方から頻繁にいただく質問とその回答を詳細にまとめました。

Q1. 無報酬なら社会保険には加入しなくてよい?

A. 原則は加入不要ですが、年金事務所の判断によります。

報酬ゼロであれば、保険料を計算する基礎(標準報酬月額)がないため、保険料は発生せず、加入することもできません。

ただし、代表取締役は「法人格そのもの」であるため、例外的に加入を求められるケースや、将来的に遡って加入を指導されるリスクもゼロではありません。特に、従業員を雇って社会保険に加入させる場合、社長だけ未加入というのは不自然であり、調査の対象になりやすいです。

Q2. 期中で「生活が苦しいから増額」は可能?

A. 原則不可。増額分は損金不算入となります。

法人税法34条の「定期同額給与」のルールにより、期首3か月以内に定めた額は1年間変更できません。途中で増額した場合、その増えた部分は会社の経費として認められず、法人税の課税対象となります。

Q3. 業績悪化で減額することは?

A. 「業績の著しい悪化」があれば認められます。

単に「今月ちょっと売上が悪かった」程度では認められませんが、主要取引先の倒産や銀行とのリスケジュール交渉が必要になるなど、客観的に見て経営危機に陥った場合は、期の途中でも減額が認められます(業績悪化改定事由)。

Q4. 創業時は報酬ゼロにして、3ヶ月後に業績を見てから決めてもいいですか?

A. はい、設立後3ヶ月以内であれば決定・変更が可能です。

例えば、設立1ヶ月目と2ヶ月目は報酬ゼロ(未払いではなく設定自体をゼロ)にし、3ヶ月目の株主総会で「今月から月額30万円にする」と決めることは可能です。ただし、一度決めたらそこから次の決算までは変更できません。

Q5. 妻を非常勤役員にして、扶養の範囲内で報酬を払うのはありですか?

A. 非常に有効な節税策です。

奥様を非常勤役員にし、実態のある業務(経理、総務、SNS運用など)を行ってもらう対価として、扶養の範囲内(例えば月額8万円など)で報酬を支払うのは、賢い方法です。所得分散効果により世帯全体の手取りを最大化できます。

Q6. 役員報酬ではなく「配当」で受け取るのはどうですか?

A. 中小企業においては、税務上不利になることが多いです。

配当金は、法人税を支払った「後」の利益から分配されるため、会社の経費になりません。一方、役員報酬は経費になります。社会保険料がかからないというメリットはありますが、トータルの税負担を考えると、役員報酬として受け取った方が有利なケースが大半です。

Q7. 従業員も雇う場合、社長の報酬が従業員より低くてもいいですか?

A. 問題ありませんが、融資審査では説明が必要です。

優秀なエンジニアなどを雇う場合、社長の報酬より高くなることはよくあります。ただし、融資審査では「なぜ社長の報酬が低いのか(生活できるのか)」を問われるため、「事業立ち上げ期のため、意図的に抑えている」という合理的な説明が必要です。

Q8. 「みなし役員」とは何ですか?家族従業員も対象になりますか?

A. 登記されていなくても、実質的に経営に関与している人は対象になります。

登記簿上の役員でなくても、経営に従事している親族などは「みなし役員」と判定されることがあります。みなし役員と認定されると、その人への給与も「定期同額給与」のルールが適用され、期中の変更ができなくなります。賞与などを自由に出せなくなるため注意が必要です。

まとめ:役員報酬は「会社の未来」への意思表示

役員報酬をいくらにするか。それは単なる数字のパズルではありません。

「私はこの会社でこれだけの価値を生み出し、これだけの責任を負って生活していく」という、経営者としての意思表示です。

目先の小銭を残すために報酬をゼロにし、その結果として銀行の信用を失うのか。 それとも、適正な報酬を設定し、公私を明確に分けた「強い会社」を作るのか。

創業期の選択が、数年後の会社の規模を決定づけます。

私たち荒川会計事務所では、あなたの事業計画とライフプランを照らし合わせ、「銀行に評価され、かつ税金で損をしない最適な役員報酬額」をシミュレーションいたします。

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記事執筆監修者

荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。

    

会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。

事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F

電話番号 0120-016-356

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