「会社が倒産したら、私の人生も終わりだ…」
多くの中小企業経営者が、会社の借入金の「連帯保証人」として印鑑を押しています。 これは、会社が返済不能になった際、社長個人の資産(自宅や預金)を投げ打ってでも返済しなければならないという、極めて重い十字架です。
しかし、この「中小企業=社長保証は当たり前」という常識は、過去のものになりつつあります。 国(金融庁・中小企業庁)は、過度な個人保証が起業や事業承継の足かせになっているとして、「経営者保証ガイドライン」を策定し、金融機関に対して「条件を満たす企業には保証を求めないこと」を強く推奨しています。
つまり、努力次第で、社長の個人保証は外せるのです。
この記事では、個人保証を外すための「3つの絶対条件」、銀行担当者を説得するための具体的な交渉ロードマップ、そして事業承継時に後継者を保証地獄から守る方法まで、プロの税理士が徹底解説します。
- 個人保証は「経営者保証ガイドライン」を使えば外せる可能性がある。
- 3つの要件は「公私分離」「財務基盤」「透明性」。
- 銀行から「外しましょう」とは言ってこない。社長からの申し出が必要。
- 信用保証協会の「保証料上乗せ」で保証を外す新制度も登場している。
第1章:なぜ銀行は「個人保証」を取りたがるのか?
敵(銀行)を知らなければ、交渉はできません。 そもそも、なぜ銀行は頑なに社長の個人保証を求めるのでしょうか。主な理由は3つあります。
1. 「経営の規律」を守らせるため(モラルハザード防止)
中小企業は、会社と社長の財布が一体化しがちです。 保証がないと、社長が会社のお金を勝手に私的に流用したり、簡単に会社を潰して逃げたりするリスクがあります。 「逃げたら個人の財産も没収しますよ」という人質を取ることで、真面目に経営させる狙いがあります。
2. 信用補完(回収の最大化)
中小企業の財務基盤は脆弱です。会社単体では信用力が足りなくても、「社長個人の資産」も合算して評価すれば貸せる、という判断です。 いざという時は社長の自宅を売ってでも回収したい、という銀行側の防衛策です。
3. 慣習(とりあえず取っておく)
かつては「融資=保証」がセットでした。その名残で、深く考えずに「規定ですので」と保証を求めているケースも多々あります。 しかし、金融庁の方針転換により、この「とりあえず保証」は許されなくなってきています。
第2章:保証解除の切り札「経営者保証ガイドライン」3つの要件
「経営者保証に関するガイドライン」は、日本商工会議所と全国銀行協会が策定したルールです。 法的拘束力はありませんが、金融機関はこれを尊重するよう監督官庁から指導されています。 ガイドラインでは、以下の3要件を満たす企業には「保証を求めない」ことが原則とされています。
- 法人と個人の明確な分離(公私混同がない)
- 財務基盤の強化(返済能力がある)
- 経営の透明性確保(適時適切な情報開示)
要件1:法人と個人の分離(最重要)
「会社は社長のサイフではない」ことを証明する必要があります。
× NG例:
・会社から社長への貸付金(役員貸付金)がある。
・社長個人の飲み代や車代を会社の経費にしている。
・本社兼自宅の家賃設定が適正でない。
対策:特に「役員貸付金」は原則として重大なマイナス評価となります。これを完全に解消し、経理処理をクリアにすることがスタートラインです。
要件2:財務基盤の強化
「社長の個人の財布を当てにしなくても、会社だけで返済できる」状態です。
目安:
・原則として債務超過ではないこと(資産>負債)。
・黒字決算が続いていること(返済原資がある)。
・キャッシュフローだけで返済可能であること。
※「借入金全額を返せる資産があるか」ではなく、「会社単体で事業継続が可能か」が見られます。
要件3:経営の透明性確保
「隠し事をせず、銀行に情報をオープンにする」姿勢です。
目安:
・試算表を毎月(遅くとも四半期ごとに)作成し、提出している。
・決算書の内容について、社長自ら説明できる。
・公認会計士や税理士のチェック(巡回監査等)を受けている。
※粉飾決算は論外です。一度でも発覚すれば、保証解除の道は閉ざされます。
第3章:いざ実行!銀行交渉の5ステップ
3要件を満たしていても、待っているだけでは保証は外れません。 銀行員は「保証を外しましょう」とは提案してきません(保全が減るため)。 こちらからアクションを起こす必要があります。
ステップ1:自社診断(ガイドライン適合チェック)
顧問税理士と一緒に、自社がガイドラインの3要件を満たしているかチェックします。 「役員貸付金の有無」「自己資本比率」「キャッシュフロー」などを確認し、クリアしていることを数字で証明できる資料を準備します。
ステップ2:メインバンクへの打診
決算報告のタイミングなどがベストです。 「当社はガイドラインの要件を満たしていると考えています。つきましては、次回の融資から(あるいは既存融資の)経営者保証の解除を検討していただけないでしょうか」 と切り出します。 この時、「経営者保証に関するガイドラインの自己点検チェックシート」(中小機構などのHPで入手可能)を提出すると、本気度が伝わります。
ステップ3:条件交渉
銀行からは、「いきなり全額解除は難しい」などの反応が返ってくるかもしれません。
その場合、以下のような妥協案を提示します。
・「金利を0.1%上げてもいいので、保証を外してほしい」
・「まずはプロパー融資分だけ外してほしい」
・「停止条件付保証(財務制限条項に抵触しない限り保証なし)」にする。
ステップ4:他行との競合(テコ入れ)
メインバンクが渋る場合、他行に「保証なしなら借り換えます」と持ちかけるのも手です。 「B銀行は保証なしで提案してくれています」という事実があれば、メインバンクも追随せざるを得なくなります。
ステップ5:変更契約
稟議が通れば、保証解除の契約書(保証債務の免除証書など)を取り交わします。 これで晴れて、社長は個人的な借金リスクから解放されます。
第4章:事業承継時の「二重保証」問題と解決策
事業承継のタイミングは、保証解除の最大のチャンスであり、最大のピンチでもあります。 よくあるのが、「前社長の保証が外れず、新社長の保証も追加され、二重保証になる」ケースです。 これを避けるために、「事業承継時の経営者保証ガイドラインの特則」が設けられています。
特則のポイント
以下の要件を満たせば、前社長と新社長の双方から保証を求めないことが原則とされています。
1. 資産超過であること。
2. 返済能力があること(EBITDA有利子負債倍率10倍以内など)。
3. 適切な情報開示。
専門家確認スキーム
税理士などの認定支援機関が「この会社は要件を満たしています」という確認書を発行することで、保証解除の交渉を有利に進めるスキームです。 これから事業承継をする会社は、必ずこの制度を活用してください。
第5章:新しい選択肢「保証料上乗せ」で保証を外す
「財務内容はそこそこ良いが、ガイドラインの要件を完璧に満たす自信はない…」 そんな企業のために、2024年から信用保証協会の新しい制度が始まっています。
事業者選択型経営者保証非提供制度
一定の要件(3期連続黒字など)を満たせば、「信用保証料を少し上乗せして払う」ことで、保証人なしで融資を受けられる制度です。 「お金で解決する」とも言えますが、交渉の手間なく確実に保証を外せるため、非常に画期的な制度です。
プロパー融資での金利上乗せ
民間銀行のプロパー融資でも、「金利を0.2%〜0.5%程度上げる代わりに、保証人を外す」というオプションを提示されることが増えています。 コストは増えますが、万が一のリスク遮断代と考えれば、安い保険料と言えるかもしれません。
第6章:【FAQ】保証解除の実務Q&A(25選)
現場でよくある質問に、本音で回答します。
Q1. 赤字決算ですが、保証解除はできますか?
A. かなり厳しいです。まずは黒字化が必要です。
赤字=返済能力に懸念ありと見なされるため、担保としての「保証人」を外すのは困難です。ただし、一時的な赤字で資産超過なら交渉の余地はあります。
Q2. 役員貸付金が少しだけありますが、ダメですか?
A. 原則ダメです。解消してください。
少額でも「公私混同あり」と見なされ、要件不適格となります。すぐに返済するか、役員報酬で精算して消してください。
Q3. すでに借りている融資の保証も外せますか?
A. 可能です。
新規融資だけでなく、既往債務(既存の融資)についても、要件を満たせば解除交渉が可能です。銀行と「変更契約」を結ぶことになります。
Q4. 不動産担保を入れれば、個人保証は外れますか?
A. 外れる可能性が高いです。
銀行にとって「人的担保(保証人)」の代わりに「物的担保(不動産)」が手に入れば、保全は図れるからです。これを「保証の差し替え」と言います。
Q5. 銀行から「外すのは無理」と言われました。諦めるべき?
A. 理由を聞いてください。納得できなければ本部へ相談も。
支店レベルで面倒がっているだけの可能性もあります。「ガイドラインのどの要件を満たしていないのか」を具体的に聞き、改善策を提示してください。
Q6. 日本政策金融公庫の融資は保証なしにできますか?
A. 公庫はかなり柔軟に対応してくれます。
公庫には元々「経営者保証免除特例制度」などがあり、民間銀行より進んでいます。要件を満たせば、既存融資の保証解除にも応じてくれます。
Q7. 保証を外すと、融資枠(限度額)は減りますか?
A. 減る可能性はあります。
銀行のリスク許容度が下がるため、融資上限額が下がることはあり得ます。「枠を取るか、保証なしを取るか」のバランス判断になります。
Q8. 社長以外の役員(妻など)の保証も外せますか?
A. 実質的な経営権がなければ外すべきです。
ガイドラインでは、経営に関与していない第三者(親族含む)の保証は原則禁止の方向です。名ばかり役員の妻などは、強く解除を求めてOKです。
Q9. 保証解除の手数料はかかりますか?
A. 銀行所定の変更手数料(数千円〜数万円)がかかります。
契約書の書き換えになるため、事務手数料がかかるのが一般的です。
Q10. メガバンクと信金、どっちが外しやすい?
A. 財務が良いならメガバンクの方がドライに外してくれます。
メガバンクはスコアリング重視なので、基準をクリアしていれば機械的に外せます。信金は「人」を見るため、逆に保証を求めたがる傾向が残っている場合もあります。
Q11. 自己資本比率は何%くらい必要ですか?
A. 明確な基準はありませんが、20%〜30%以上が目安です。
業種にもよりますが、少なくともプラス(資産超過)であることは必須です。
Q12. リスケ(返済猶予)中ですが、保証解除はできますか?
A. 原則として不可能です。
返済条件を変更してもらっている立場で、保全(保証)を外すことは不可能です。正常返済に戻ってから数年後の話になります。
Q13. 「停止条件付保証」とは何ですか?
A. 「約束を破ったら保証人になる」という条件付き契約です。
普段は保証なしですが、「2期連続赤字になったら保証人になる」といったコベナント(財務制限条項)を結ぶ方法です。完全解除の前段階として有効です。
Q14. 創業融資で保証なしは可能ですか?
A. 可能です。「スタートアップ創出促進保証」などがあります。
創業時は実績がないため要件を満たすのは難しいですが、国が用意した特定の無保証人制度を使えば可能です(保証料は少し高めです)。
Q15. 税理士に相談すれば交渉してもらえますか?
A. 法律上、代理交渉はできませんが、同席・支援は可能です。
弁護士法などの関係で「交渉の代行」はできませんが、「財務内容の説明」のために同席し、社長をサポートすることは税理士の重要な役割です。
Q16. 会社を清算(廃業)する場合、保証はどうなりますか?
A. 資産で返済しきれなければ、保証人が払います。
これが個人保証の怖さです。ただし、ガイドラインに沿った「保証債務整理」を行えば、自宅などの生活基盤を残して保証債務を整理できる可能性があります。
Q17. ホールディングス化すると保証はどうなりますか?
A. 親会社保証に切り替え、個人保証を外すのが一般的です。
事業会社(子会社)の借入に対し、持株会社(親会社)が保証人になり、社長個人は外れるというスキームがよく使われます。
Q18. 一部の銀行だけ外してくれました。他行にも言えますか?
A. 強力な交渉材料になります。すぐに伝えてください。
「A行は外してくれました。御行もお願いします」と言えば、他行も追随せざるを得ません。ドミノ倒しのように外れていくことが多いです。
Q19. 保証解除を申し出ると、心証が悪くなりませんか?
A. 「逃げの姿勢」でなければ大丈夫です。
「責任逃れ」ではなく「事業承継のため」「新しい挑戦のため」という前向きな理由と、数字の裏付けがあれば、銀行もビジネスとして判断します。
Q20. ガイドラインは法的拘束力がないので、守らなくてもいいのでは?
A. 金融庁が目を光らせているため、銀行も無視できません。
銀行は金融庁に対し「保証徴求の状況」を報告しています。理由なくガイドラインを無視すると、監督官庁からの評価が下がるため、銀行も必死です。
Q21. 役員報酬が多いと「公私混同」と言われますか?
A. 利益の範囲内なら問題ありませんが、説明は必要です。
高額な役員報酬を取りながら、会社への貸付金があったりすると突っ込まれます。配当とのバランスなども見られます。
Q22. プロパー融資と保証協会付き、どっちが外しやすい?
A. 最近はどちらも外しやすくなっています。
保証協会も「保証料上乗せ」などのメニューを揃えています。プロパーもガイドライン遵守の流れです。条件さえ揃えばどちらも外せます。
Q23. 法人カード(クレカ)の代表者保証も外せますか?
A. カード会社の方針次第ですが、銀行融資よりは難しいです。
カード契約は銀行融資とは別基準です。ただし、近年は「代表者保証不要」を売りにする法人カードも増えています。
Q24. 自宅を妻名義にしたら資産分離になりますか?
A. 資産隠しと疑われると逆効果です。
保証を外すために資産を移転したと見なされると、詐害行為として取り消されるリスクもあります。正々堂々と会社の財務を良くするのが一番です。
Q25. 結局、一番大事な要件は何ですか?
A. 「法人と個人の明確な分離(役員貸付金ゼロ)」です。
これができていないと、どんなに利益が出ていても門前払いです。ここから始めてください。
まとめ:保証解除は「経営者の自立」の証
社長の個人保証を外すことは、単にリスクを回避するだけでなく、「会社が社長の財布に頼らず、自立した存在になる」ことを意味します。 それは、対外的な信用力を高め、優秀な後継者へバトンを渡すための必須条件でもあります。
「うちはまだ無理かな…」と諦める前に、まずは現状の診断から始めてみませんか? 役員貸付金の整理や、財務体質の改善は、一朝一夕にはできませんが、着実に取り組めば必ずゴールに近づきます。
「ガイドラインに適合しているか診断してほしい」「銀行への説明資料を作ってほしい」
そのようなお悩みがあれば、ぜひ荒川会計事務所にご相談ください。 認定支援機関として、あなたの会社の「保証解除」と「自立」を全力でサポートいたします。
その連帯保証、外せるかもしれません
「経営者保証ガイドライン」の適合診断から、銀行との解除交渉サポートまで。
財務に強い税理士が、社長とご家族の未来を守るお手伝いをします。
記事執筆監修者
荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。
会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。
事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F
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