「今年は残念ながら赤字だった。でも、おかげで法人税はゼロで済むな」
もしあなたがそう安心して、財布の紐を緩めているとしたら、数ヶ月後に届く「納付書」を見て青ざめることになるかもしれません。
結論から申し上げます。会社は、たとえ1円も利益が出ていなくても、あるいは大赤字であっても、最低でも年間「約7万円」の税金を支払わなければなりません。
それが「法人住民税の均等割(きんとうわり)」です。
これは、会社という「法人格」を持って社会活動(道路や公共サービスの利用など)を行っている以上、支払う義務がある「会費(場所代)」のようなものです。黒字か赤字かは関係ありません。
創業期や業績悪化時、資金繰りが苦しい時にやってくるこの支払いは、ボディブローのように経営に響きます。
※「7万円」は東京都23区(標準税率)の場合の金額です。自治体によって金額は多少異なりますが、概ねこの水準の負担が発生します。
さらに、資本金の額によっては、この金額が18万円、29万円と跳ね上がることもあります。
しかし、嘆いてばかりはいられません。赤字の決算は、経営者にとって「屈辱」であると同時に、「過去に支払った税金を取り戻す」あるいは「将来の税金を劇的に減らす」ための、絶好のチャンス(権利確定日)でもあるのです。
この記事では、意外と知られていない「赤字でもかかる税金(均等割)」の仕組みと節税策(減資)に加え、赤字の時にこそ実行すべき「繰戻し還付(現金化)」や「仮決算による中間納税の回避」といった、プロだけが知る資金繰り防衛術を徹底的に解説します。
「赤字=税金ゼロ」という思い込みを捨て、正しい知識でキャッシュフローを守りましょう。
第1章:赤字でも払わなければならない「均等割」とは?
まずは、この「逃れられないコスト」の正体を正しく理解しましょう。
「法人税」と「法人住民税」の違い
会社の税金は大きく分けて2種類あります。ここを混同していると、資金繰り表が狂います。
- 国税(法人税):
会社の「利益」に対してかかります。したがって、赤字なら0円です。 - 地方税(法人住民税):
会社のある都道府県や市区町村に支払います。これには以下の2階建て構造があります。
・法人税割:利益(法人税額)に応じてかかる部分(赤字なら0円)
・均等割:会社の規模(資本金・従業員数)に応じてかかる部分(赤字でも定額発生)
つまり、赤字の時に支払うのは、この「法人住民税の均等割」の部分だけです。
これは、私たちが住んでいる地域に「個人住民税」を払うのと同じです。会社もその地域に「住んで(登記して)」行政サービスを受けているのだから、利益に関係なく最低限の負担はしてください、という理屈です。
第2章:いくらかかる?資本金で決まる「税額の一覧表」
「均等割」の金額は、あなたの会社の「資本金等の額」と「従業員数」によって決まります。利益は一切関係ありません。
※以下は東京都23区内の場合です(都民税と市町村民税が合算されています)。他の自治体では金額が異なる場合がありますので、詳細は所在地の自治体ホームページをご確認ください。
| 資本金等の額 | 従業員数 | 均等割(年額) |
|---|---|---|
| 1,000万円以下 | 50人以下 | 70,000円 |
| 1,000万円以下 | 50人超 | 140,000円 |
| 1,000万円超〜1億円以下 | 50人以下 | 180,000円 |
| 1,000万円超〜1億円以下 | 50人超 | 200,000円 |
| 1億円超〜10億円以下 | 50人以下 | 290,000円 |
ここがポイント!「資本金1,000万円」の壁
表を見て分かる通り、資本金が1,000万円を超えると、税額が「7万円」から一気に「18万円」に跳ね上がります。年間11万円のコスト増です。(※東京都23区の例)
「資本金1,000万円」というのは、消費税の免税判定(設立時)だけでなく、この均等割の判定においても、恒久的に影響する非常に重要なラインなのです。
第3章:【裏ワザ】資本金を減らして税金を下げる「減資」のシミュレーション
もし、あなたの会社の資本金が「1,000万円」ちょうど、あるいは「2,000万円」だとしたら。
毎年、無駄に18万円の均等割を払い続けている可能性があります。これを「減資(げんし)」という手続きによって、7万円に下げることができます。
減資とは何か?
減資とは、登記されている資本金の額を減らす手続きです。実際に現金を株主に返す「有償減資」と、帳簿上の数字だけを減らして「その他資本剰余金」に振り替える「無償減資」があります。
中小企業の節税対策としては、後者の「無償減資」が一般的です。会社からお金は出ていきませんが、税金計算上の「資本金等の額」が減るため、均等割が安くなります。
コスト対効果のシミュレーション
減資には、司法書士への報酬や登録免許税、官報公告費用などのコストがかかります(総額約15万円〜20万円程度)。
- コスト:約20万円(初期費用)
- リターン:年間11万円の節税(※東京都23区の例。自治体により異なります)
つまり、約2年で元が取れ、3年目以降はずっと年間11万円得をする計算になります。
さらに、資本金を1億円以下に減資すれば、中小企業の特例(法人税の軽減税率、交際費の800万円枠など)も使えるようになるため、メリットは計り知れません。赤字で苦しい時こそ、こうした「固定費(税金)の削減」を検討すべきです。
減資の具体的な手続き(債権者保護手続)
「明日から資本金を減らします」と宣言するだけでは減資はできません。会社法上、債権者(取引先や銀行)を守るための厳格な手続きが必要です。
- 株主総会の特別決議:株主の3分の2以上の賛成が必要です。
- 債権者保護手続(官報公告):「資本金を減らします。異議がある債権者は申し出てください」という公告を、官報に掲載します(最低1ヶ月間)。
- 個別の催告:知れている債権者(銀行など)に対して、個別に通知を送ります。
- 登記申請:異議がなければ、法務局へ変更登記を申請します。
このプロセスには最低でも1ヶ月半〜2ヶ月程度の時間がかかります。決算期末までに登記を完了させないと、その期の税金は安くなりません。早めの着手が必要です。
第4章:【資金繰り】「中間申告」で税金の支払いを止める技術
赤字企業をさらに追い詰めるのが、期中にやってくる「中間申告(予定納税)」です。
これは、「前期の法人税の半額を、期に先払いしてください」という制度です。 前期が黒字で納税していた場合、今期がどんなに大赤字であっても、税務署から容赦なく「前期の半分の税金を払え」という納付書が届きます。
「今は赤字でお金がないのに、税金なんて払えない!」
そんな時に使えるのが「仮決算(かりけっさん)」というテクニックです。
「予定申告」をスルーしてはいけない
通常は、税務署から送られてくる納付書でそのまま支払います(予定申告)。しかし、今期の上半期(6ヶ月間)の実績で「仮の決算」を行い、その実績に基づいて申告することも認められています。
【仮決算の効果】
もし、今期の上半期が赤字であれば、仮決算に基づく法人税額は「0円」になります。
また、中間申告(予定納税)は法人税だけでなく、地方法人税や事業税なども含むため、仮決算で赤字になればこれらの中間納税もすべてゼロにできます。
税理士報酬は別途かかりますが、数十万、数百万円のキャッシュアウトを防げるなら、やる価値は十分にあります。
第5章:【復活の儀式】「欠損金の繰戻し還付」の具体的請求マニュアル
「赤字で税金はかからない」どころか、「赤字だからこそ、税金が戻ってくる」制度があります。 それが「欠損金の繰戻しによる還付(くりもどしかんぷ)」です。
これは、前期に黒字で法人税を納めていた会社が、今期赤字になった場合、「前期に払った税金を返してください」と請求できる、中小企業だけの特権です。
どれくらい戻ってくるのか?
ざっくり言えば、「今期の赤字額 × 前期の法人税率」分の現金が戻ってきます(ただし、前期に納めた法人税額が上限)。
例えば、前期に200万円の法人税を払い、今期500万円の赤字が出た場合、約100万円〜150万円程度の現金が還付される可能性があります。これは資金繰りに苦しむ赤字企業にとって、まさに「恵みの雨」です。
絶対に忘れてはいけない手続き
この制度は、「自分から請求しないと、1円も戻ってこない」という点に注意が必要です。黙っていても税務署は返してくれません。
- 確定申告書と一緒に「還付請求書(法人税の欠損金の繰戻しによる還付請求書)」を提出する。
- 提出期限は、確定申告書の提出期限と同じ(厳守)。
この1枚の紙を出すか出さないかで、数百万円のキャッシュが変わります。税理士によっては「税務調査のリスクが上がるから」といって積極的に提案しないケースもありますが、背に腹は代えられません。正当な権利ですので、堂々と請求すべきです。
第6章:どうしても払えない時の「猶予制度」
「均等割の7万円さえ払えない…」。もし、そこまで資金繰りが悪化している場合でも、絶対に放置してはいけません。放置すれば延滞金がかかり、最悪の場合は預金口座の差し押さえなどの滞納処分を受けます。
換価の猶予(かんかのゆうよ)
税務署や自治体の窓口に相談し、一定の要件(事業の継続が困難になる恐れがある等)を満たせば、「換価の猶予」が認められる場合があります。
- 原則1年間、納税が猶予される(分割納付など)。
- 延滞金が大幅に軽減、または免除される。
- 財産の差し押さえが猶予される。
重要なのは「期限が来る前に相談に行くこと」です。誠実に対応する意思を見せれば、行政側も柔軟に対応してくれるケースが多いです。
第7章:【FAQ】赤字決算と税金に関する実務Q&A(16選)
最後に、赤字決算の際によくある疑問や、マニアックな論点について、Q&A形式で回答します。
Q1. 7万円はいつまでに払えばいいですか?
A. 決算日から2ヶ月以内です。
法人税の申告期限と同じ日です。例えば3月決算の会社なら、5月31日が納付期限です。遅れると延滞金がかかります。
Q2. 会社を休眠させていますが、それでも7万円かかりますか?
A. 自治体への届出(異動届)を出せば、免除される場合が多いです。
税務署や都道府県・市区町村に「休業中である」という届出を出せば、原則として均等割は免除されます(自治体によって運用が異なるため確認が必要です。東京23区などは免除されます)。ただし、登記簿上だけで放置していると課税され続けるリスクがあります。
Q3. 年度の途中で設立しました。7万円満額かかりますか?
A. いいえ、月割り計算になります。
例えば、設立から決算までが6ヶ月しかない場合、均等割は「70,000円 × 6ヶ月 ÷ 12ヶ月 = 35,000円」になります。1ヶ月に満たない端数は切り捨てられます。
Q4. 複数の自治体に支店がある場合はどうなりますか?
A. それぞれの自治体で均等割がかかります。
本店が新宿区、支店が横浜市にある場合、それぞれの自治体に対して均等割を支払う必要があります。支店を出すたびに年間7万円のコストが増えると考えてください。これを避けるため、実体のない支店登記は削除する(閉鎖登記)のも一つの節税策です。
Q5. 納税資金が全くありません。どうすればいいですか?
A. 税務署や自治体に相談し、「猶予制度」を使ってください。
どうしても払えない場合、放置するのが一番危険です。窓口で事情を説明し、「換価の猶予」などの申請を行えば、分割払いが認められることがあります。誠実に対応することが大切です。
Q6. 「資本金等の額」とは、資本金のことですか?
A. 基本は資本金+資本準備金ですが、無償増資などでズレることがあります。
平成27年の改正により、「資本金+資本準備金」と「資本金+資本剰余金」を比較して大きい方を使うなど、計算が複雑になりました。過去に組織再編や減資を行った会社は注意が必要です。
Q7. バーチャルオフィスでも均等割はかかりますか?
A. 原則かかります。
バーチャルオフィスであっても、本店登記地である以上、その自治体に納税義務があります。ただし、事業所としての実態(人の配置や設備の設置)が全くない場合、自治体によっては課税されないケースもありますが、基本的には払うものと考えてください。
Q8. 年度の途中で本店移転しました。均等割はどうなりますか?
A. 移転前と移転後の自治体で、それぞれ月割り計算します。
新宿区に6ヶ月、渋谷区に6ヶ月いた場合、それぞれの区に35,000円ずつ支払います。二重払いにはなりませんが、申告書を2箇所に出す手間が発生します。
Q9. NPO法人や一般社団法人も均等割はありますか?
A. あります。
収益事業を行っている場合は株式会社と同様に均等割がかかります。収益事業を行っていないNPO法人の場合、減免申請を出せば免除される自治体が多いです。
Q10. 合同会社だと均等割は安いですか?
A. 株式会社と同じです。
会社形態による違いはありません。資本金の額と従業員数で決まります。
Q11. 赤字を繰り越すにはどうすればいいですか?
A. 「青色申告」での確定申告が必須です。
白色申告では赤字の繰越(繰越欠損金)はできません。また、2期連続で期限後申告をすると青色申告が取り消されるため、赤字の時こそ期限内申告が重要です。
Q12. 繰戻し還付はいつ振り込まれますか?
A. 申告から通常1〜3ヶ月後です。
税務署での審査があるため、通常の還付(中間納付の還付など)よりは時間がかかる傾向にあります。
Q13. 従業員数が50人を超えると均等割が上がりますが、パートも含まれますか?
A. 原則含まれますが、計算方法があります。
期末時点の人数で判定します。パートやアルバイトについては、「総労働時間を170時間で割った数」などに換算する特例などはありません(事業所税とは異なります)。人数そのものでカウントされるため注意が必要です。
Q14. 清算(会社を畳む)する年も均等割はかかりますか?
A. 解散日から残余財産確定日までの期間も月割りでかかります。
会社が存在している限り、最後の日まで均等割は発生し続けます。
Q15. クレジットカードで納税できますか?
A. 多くの自治体で可能です。
東京都などでは、クレジットカードやスマホ決済(PayPayなど)での納税が可能です。資金繰りのために支払いを先延ばしにする手段として有効です(決済手数料がかかる点は注意)。
Q16. 社長個人のポケットマネーで払ってもいいですか?
A. 可能ですが、「役員借入金」として処理してください。
会社に資金がない場合、社長個人が立て替えて払うことは問題ありません。ただし、経理上は「社長からお金を借りた」という処理になります。
まとめ:赤字の時こそ「税理士」の真価が問われる
「赤字だから税金は関係ない」と放置するのは、経営者として非常に危険な行為です。
たとえ赤字であっても、均等割の7万円は発生しますし、適切な申告をすることで将来の税金を減らしたり、過去の税金を取り戻したりする権利が得られます。
「赤字=失敗」ではありません。それは「将来の節税の種」です。
この種を腐らせず、しっかりと育てて次の黒字につなげるためには、正確な申告と戦略が必要です。
私たち荒川会計事務所では、赤字決算の会社様に対しても、「どうすれば資金繰りを改善できるか」「将来の税金をどう最小化するか」という視点で、全力でサポートいたします。
「赤字で顧問料を払うのがきつい…」という場合でも、まずはご相談ください。状況に合わせた最適なプランをご提案いたします。
記事執筆監修者
荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。
会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。
事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F
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