「毎月届くクレジットカードの利用明細。これがあるから、いちいち店で領収書をもらわなくても経費にできるよね?」
かつては、そのような処理が実務上まかり通っていた時代もありました。 しかし、2023年10月の「インボイス制度」導入と、2024年1月の「電子帳簿保存法(電帳法)」の完全義務化により、その常識は完全に崩れ去りました。
結論から申し上げます。 「クレジットカードの利用明細は、原則としてインボイス(適格請求書)の代わりにはなりません」
利用明細だけで経費処理をしていると、消費税の仕入税額控除が否認され、追徴課税を受けるリスクがあります。さらに、Web明細の保存方法を間違えれば、電子帳簿保存法違反にもなりかねません。
「じゃあ、Amazonで買った時はどうするの?」「ETCカードはどうやってインボイスをもらうの?」
この記事では、複雑化する「カード決済の経理処理」について、インボイスと電帳法の両面から法的根拠に基づいて解説します。 さらに、事務負担を劇的に減らす「少額特例」の活用法や、どうしても領収書がない場合のリカバリー策まで、プロの税理士が徹底的にガイドします。
- 消費税法 第30条:仕入れに係る消費税額の控除(インボイスの保存要件)
- 国税庁インボイスQ&A 問79:クレジットカード決済に係る仕入税額控除
- 電子帳簿保存法 第7条:電子取引の取引情報保存義務
- 改正消費税法 附則:少額特例(1万円未満の特例)
第1章:なぜ「カード明細」はインボイスとして認められないのか?
まず、根本的なルールを理解しましょう。なぜカード会社から送られてくる(またはWebで見る)明細書は、インボイスとして使えないのでしょうか。
理由1:カード会社は「商品を売った人」ではない
インボイス(適格請求書)を発行できるのは、「商品を販売し、消費税を受け取った事業者(加盟店)」だけです。 クレジットカード会社は、あくまで「代金の立替払い」をした決済代行業者に過ぎません。カード会社自体が文房具や飲食サービスを提供したわけではないため、カード会社にはインボイスを発行する権限がないのです。
理由2:記載要件を満たしていない
インボイスとして認められるためには、以下の6項目が記載されている必要があります。
- ① 発行者の氏名・名称
- ② 取引年月日
- ③ 取引内容
- ④ 税率ごとに区分して合計した対価の額
- ⑤ 消費税額等(税率ごとの内訳)
- ⑥ 登録番号(Tから始まる13桁)
一般的なカード利用明細には、「日付・店名・金額」はあっても、「⑥ お店の登録番号」や「⑤ 正確な消費税額」が記載されていないことがほとんどです。 したがって、明細書は単なる「決済の記録」であり、税務上の「請求書(インボイス)」としては機能しません。
カード決済であっても、原則として、お店(加盟店)から発行される「レシート」や「領収書」を受け取り、保存しなければなりません。
第2章:【ケース別攻略】Amazon・楽天・ETCの正しい処理
「レシートをもらう」といっても、ネット通販やETCはどうすればいいのでしょうか。具体的な取得方法を解説します。
1. Amazon・楽天市場・モノタロウ等のネット通販
商品に同梱されている納品書には、登録番号が記載されていないケースが増えています。 正しいインボイスは、「購入履歴(注文履歴)」からダウンロードする必要があります。
- Amazon:「注文履歴」→「領収書等」→「領収書/購入明細書」をクリックすると、登録番号入りのインボイスが表示されます。
- 楽天市場:「購入履歴」→「領収書を発行する」ボタンからPDFをダウンロードします(※ショップによっては同梱のみの場合もあり)。
※このダウンロードしたPDFデータは、後述する「電子帳簿保存法」に従ってデータのまま保存する必要があります。
2. ETCカード(高速道路)
これが最も厄介です。料金所ではレシートが出ないため、カード明細に頼りたくなりますが、カード明細はインボイスになりません。 正解は、「ETC利用照会サービス(Webサイト)」から「利用証明書」をダウンロードすることです。
【実務上の特例:クレジットカード会社発行の明細書特例】
一部の高速道路会社と提携したクレジットカード(法人ETCカード等)の場合、カード会社から送られる明細書自体がインボイスとして認められる特例がありますが、これは極めて限定的です。
基本的には、Web上の「利用照会サービス」から利用証明書を取得するのが原則です。
【朗報:ETCの特例】
全走行分の証明書をダウンロードするのは事務負担が大きすぎるため、国税庁は「利用した高速道路会社ごとに、任意の一取引の利用証明書を保存すれば、残りはカード明細と合わせてインボイス保存要件を満たす」という緩和措置を出しています。
(例:NEXCO東日本の走行が100回あれば、1回分の証明書+カード明細でOK)
3. サブスク(Adobe, Google, Zoom等)
これらもカード決済が基本ですが、明細書はNGです。 各サービスの管理画面にログインし、「Billing(請求)」「Invoice(請求書)」などのメニューから、PDFのインボイスを毎月ダウンロードする必要があります。
第3章:電子帳簿保存法との「危険な関係」
インボイスと並行して気にしなければならないのが、2024年1月から完全義務化された「電子帳簿保存法(電帳法)」です。 カード決済は、この電帳法と密接に関わります。
Web明細(利用明細データ)は「電子取引」にあたる
多くの会社が、紙の明細書ではなく、Webで確認する「Web明細」を利用しているでしょう。 この「Web明細データ」は、電帳法上の「電子取引データ」に該当します。
したがって、たとえインボイスとして使えないとしても、取引の事実を証明する補助書類として、「データのまま保存」する義務があります(紙に印刷して保存するだけでは不十分です)。
Amazonの領収書PDFも「電子データ保存」が必須
Amazonなどからダウンロードしたインボイス(PDF)も、当然「電子取引」です。 これらを印刷して紙でファイリングしても、税法上の保存要件(検索機能の確保など)を満たさず、青色申告の取消対象になるリスクがあります。 「ネットでカード決済した領収書は、データのまま専用フォルダや会計ソフトに保存する」が鉄則です。
第4章:中小企業の救世主「少額特例(1万円未満)」
「数百円のパーキング代や、コンビニの買い物まで、いちいちインボイスを確認して保存するなんて無理!」 そんな現場の悲鳴に応える、強力な特例があります。
1万円未満なら「明細+帳簿」でOKになる?
以下の条件を満たす事業者は、税込1万円未満の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくとも、「一定の事項を記載した帳簿」のみで仕入税額控除が可能です(少額特例)。
【対象事業者】
- 基準期間(2年前)の課税売上高が1億円以下
- または、特定期間(前期の前半)の課税売上高が5,000万円以下
つまり、大半の中小企業はこの特例を使えます。
【カード決済での活用法】
この特例を使えば、1万円未満のカード決済については、店からインボイス(レシート)をもらい忘れたとしても、「帳簿(会計ソフト)に、支払先・日付・内容・金額を正しく入力」すれば、消費税の控除が認められます。
ただし、法人税法上の証拠書類としては、何らかの証明(レシートやカード明細)が必要ですので、完全に手ぶらでいいわけではありません。しかし、「登録番号がないレシート」や「カード明細しかない状態」でも、消費税で損をしないという意味で、非常に強力な救済措置です。
※適用期限は2029年(令和11年)9月30日までです。
第5章:3万円未満の「自動販売機・公共交通機関」特例
1万円を超えていても、インボイスが不要なケースがあります。カード決済(Suica等含む)でよくあるパターンです。
自動販売機特例(3万円未満)
自販機、コインロッカー、コインランドリー、ATM手数料など、機械だけで完結する取引で、3万円未満のものについては、インボイスの保存が免除されています。 帳簿に「自販機特例」などと記載すればOKです。
公共交通機関特例(3万円未満)
電車、バス、船舶の運賃で、3万円未満のものもインボイス不要です。 SuicaやPASMOで支払った電車代は、履歴印字などがなくても、帳簿記載のみで控除可能です。 ※タクシーや飛行機は対象外(インボイス必須)なので注意してください。
第6章:経理担当者がやるべき「最強の業務フロー」
カード明細、領収書、電帳法…。これらを効率よく回すための実務フローを提案します。
Step1:従業員への周知徹底
「カードで払っても、必ずレシート(領収書)をもらってきてください」 これを徹底させます。特に1万円を超える飲食代や消耗品費は必須です。
Step2:Web明細と領収書の突き合わせ
毎月、カード会社からダウンロードしたCSV等の明細データと、従業員から提出された領収書を突き合わせます。 クラウド会計ソフト(freeeやマネーフォワード)を使って、明細データを自動連携させれば、日付や金額の入力ミスを防げます。
Step3:少額特例の活用(中小企業)
1万円未満の取引で領収書がないものについては、カード明細の内容を元に帳簿に入力し、「少額特例」として処理します。 これにより、領収書紛失時のリカバリーや、未登録業者利用時の控除漏れを防ぎます。
Step4:電子データの保存
Amazonの領収書PDFやWeb明細PDFは、会計ソフトの「証憑添付機能」や、電帳法対応のストレージ(Googleドライブ等でも要件を満たせば可)に保存します。
第7章:【FAQ】カード決済とインボイスの実務Q&A(20選)
最後に、現場でよくある疑問に一問一答形式で回答します。
Q1. 3万円未満ならレシート不要というルールはなくなりましたか?
A. はい、廃止されました(少額特例対象者を除く)。
以前の消費税法にあった「3万円未満は帳簿のみでOK」という特例は、インボイス制度導入と同時に廃止されました。現在は1円であってもインボイス(レシート)が必要です(ただし、第4章の少額特例対象者は1万円未満なら不要です)。
Q2. カード明細に登録番号が書いてある場合もありますか?
A. ごく稀にありますが、基本的には期待できません。
決済代行会社によっては明細に加盟店の登録番号を載せるシステムもありますが、普及していません。原則はレシート保存です。
Q3. 簡易課税を選んでいる会社ですが、カード明細だけでいいですか?
A. 消費税計算上は問題ありませんが、法人税・電帳法上は保存が必要です。
簡易課税や2割特例の場合、経費のインボイス保存は仕入税額控除の要件ではありません。しかし、法人税の証拠書類として、また電帳法の電子取引データとして、明細や領収書の保存は依然として必要です。
Q4. ETCの利用証明書は、毎月全部印刷しないとダメですか?
A. 「利用した高速道路会社ごとに1回分」でOKという緩和措置があります。
全走行分を出す必要はありません。カード明細を保存した上で、道路会社ごとに任意の一取引の証明書を保存すれば要件を満たします。
Q5. モバイルSuicaのチャージ代はインボイスになりますか?
A. なりません。チャージは「預け金」です。
チャージした段階では経費にならず、電車に乗ったり買い物をしたりした時点で経費になります。電車代なら公共交通機関特例でインボイス不要ですが、物品購入ならレシートが必要です。
Q6. 従業員が個人のカードで立て替えた場合は?
A. お店のレシートを会社に提出させてください。
個人のカード明細は不要です(プライバシーの問題もあります)。お店が発行したインボイス(レシート)を会社が保存すれば、仕入税額控除が可能です。宛名が個人名でも、会社が事業用と認めれば問題ありません。
Q7. スマホ決済(PayPayなど)の画面はインボイスになりますか?
A. 原則なりません。レシートをもらってください。
決済完了画面には登録番号や税率内訳がないことが多いです。お店からレシートをもらうのが確実です。
Q8. 海外サーバー(AWS, Google)のカード決済は?
A. 「登録国外事業者」のインボイスが必要です。
リバースチャージ方式等の対象となる電気通信利用役務の提供については、相手が登録国外事業者であれば控除可能です。管理画面からインボイスを入手してください。
Q9. カード明細を紙で郵送してもらっています。スキャン保存すべき?
A. 紙のまま保存でOKです。スキャン保存も可能です(任意)。
郵送(紙)で届いた明細は「電子取引」ではないため、紙のまま7年間保存すればOKです。
Q10. 少額特例はいつまで使えますか?
A. 2029年(令和11年)9月30日までです。
恒久的な措置ではなく、6年間の時限措置です。それまでにインボイス対応の業務フローを確立する必要があります。
Q11. 1万円未満の判定は「一商品」ですか?「一会計」ですか?
A. 「一回の取引(一会計)」の税込合計額で判定します。
1個5,000円の商品を2個買って合計10,000円になった場合、少額特例は使えません。
Q12. 会計ソフトにカード明細を取り込めば、帳簿要件は満たせますか?
A. 「相手方の氏名(店名)」が正しく入っていれば満たせます。
自動連携された明細の店名がカタカナや略称でも、相手が特定できれば問題ありません。ただし「ETC利用」や「物販」など抽象的な記載では認められません。
Q13. 領収書をなくしました。カード明細だけで消費税控除できますか?
A. 原則できません(少額特例対象なら可)。
少額特例(1万円未満)に該当しない場合、インボイスがないと仕入税額控除はできません。再発行を依頼するか、控除を諦めて経費(税込経理)処理するしかありません。
Q14. ガソリン代をカードで払いました。レシートが必要?
A. はい、必要です。
スタンドのレシートがインボイスとなります。法人カードの場合、明細に数量や単価が載っていないため、インボイス要件を満たしません。
Q15. インボイス制度開始前に契約したサブスクはどうなりますか?
A. 登録番号入りの請求書を取得し直す必要があります。
自動更新されていても、2023年10月以降の支払い分についてはインボイスが必要です。
Q16. そもそもカード明細は「領収書」の代わりになりますか?(法人税)
A. 法人税法上は、取引事実の証明として認められるケースが多いです。
消費税法(インボイス)ではNGですが、法人税法(経費)の観点では、日付・店名・金額があるカード明細は証拠能力を持ちます。ただし、内容(品代)が不明確な場合は補足が必要です。
Q17. 免税事業者の店でカード決済しました。処理は?
A. 経過措置(80%控除)を適用して処理します。
インボイス(登録番号)がないレシートを受け取った場合、通常の課税仕入れではなく「80%控除」の区分で入力します。カード明細のみの場合も同様ですが、1万円未満なら少額特例で100%控除できる可能性があります。
Q18. ふるさと納税をカードで払いました。
A. 消費税は不課税(寄附金)です。
ふるさと納税は寄附金なので消費税はかかりません。インボイスも不要です。自治体からの寄附金受領証明書を保存してください。
Q19. 電子帳簿保存法の「検索要件」とは?
A. 「日付・金額・取引先」で検索できるようにすることです。
保存したPDFファイル名に「20241031_Amazon_15000」と入れるか、索引簿(エクセル)を作成する等の対応が必要です(※売上5,000万円以下の事業者は検索要件不要の特例あり)。
Q20. 税理士に丸投げする場合、カード明細と領収書、どっちを渡せばいい?
A. 両方渡してください。
正確な経理処理のためには、網羅性のある「カード明細」と、詳細がわかる「領収書(インボイス)」の両方が必要です。
まとめ:カード明細は「地図」、領収書は「通行手形」
インボイス制度下において、クレジットカード明細はあくまで「お金の流れを確認する地図」に過ぎません。 税務署という関所を通るための「通行手形」は、あくまで「お店が発行したレシート(インボイス)」です。
「カード明細があるから大丈夫」という古い常識を捨て、正しい保存ルールを社内に定着させましょう。 特に中小企業の方は、「少額特例」をうまく活用することで、事務負担を大幅に減らすことができます。
「電子保存のやり方がわからない」「少額特例が使えるか判定してほしい」
そのようなお悩みがあれば、ぜひ荒川会計事務所にご相談ください。最新の法改正に対応した、効率的でミスのない経理体制の構築をサポートいたします。
記事執筆監修者
荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。
会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。
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