現代の会社法は、私たちの挑戦を後押ししてくれています。取締役は一人から、資本金は1円からでも、株式会社を設立することが、法律上は可能です。そして、インターネットを検索すれば、「自分でできる会社設立」の方法を解説したサイトや、無料の定款テンプレートが、星の数ほど見つかります。
その光景は、一見すると、誰でも、簡単に、そして安価に「社長」になれる、素晴らしい時代の到来を告げているかのようです。
「専門家に頼む費用を節約して、その分を事業の元手にしたい」
そう考えるあなたの気持ちは、経営者として、非常に健全で、正しいものです。しかし、その「節約」という選択の裏で、あなたは、それ以上の「時間」と「未来の利益」、そして「事業の安全性」を、危険に晒している可能性はないでしょうか?
「自分でできる」ということと、「自分でやるべき」ということは、全くの別問題です。
この記事は、それでもなお、「自分の力で挑戦してみたい」と考える、勇敢な起業家であるあなたのための、日本で最も詳しい「DIY会社設立マニュアル」です。私たちは、設立までの全手順と、その各ステップに潜む、無数の「見えない落とし穴」を、包み隠さず、徹底的に解説します。
この記事を最後まで読み終えた時、あなたは、ご自身で会社を設立するために必要な、全ての知識と覚悟を手にしているはずです。そして同時に、その道のりの険しさと、専門家という「ガイド」を雇うことの、本当の価値を、ご理解いただけることでしょう。
第1章:【準備フェーズ】全ての土台となる「設計図」を描く(所要時間:1週間~1ヶ月以上)
会社設立は、家づくりに似ています。どんなに立派な建物を建てようとしても、その前の「設計」が杜撰であれば、砂上の楼閣にしかなりません。この準備フェーズこそが、あなたの会社の未来を決定づける、最も重要な期間です。
STEP 1:会社の「基本事項」を決定する
まず、会社の根幹をなす、以下の項目を決定し、紙に書き出します。一つひとつの項目が、後の定款作成や融資戦略に直結するため、決して安易に決めてはいけません。
- 商号(会社名):法的なルール(同一本店・同一商号の禁止など)を確認し、ドメインやSNSアカウントが取得可能かも調査します。
- 本店所在地:自宅、レンタルオフィスなど、選択肢ごとのメリット・デメリット(特に、許認可や融資における信用度の違い)を理解した上で決定します。
- 事業目的:あなたの会社の「活動範囲」を定義します。将来の事業展開まで見据え、かつ、許認可や融資で不利にならないよう、戦略的に記述する必要があります。
- 資本金の額:1円でも可能ですが、融資における自己資金としての評価や、1,000万円未満にすることによる消費税免除メリットなどを考慮し、最適な金額を設定します。目安としては、初期費用の合計額と、3ヶ月~6ヶ月分の運転資金を合わせた額が一つの基準となります。
- 役員構成・任期:誰が取締役になるか、任期を何年にするかを決定します。特に、複数人で起業する場合、役員の任期(最長10年まで設定可能)や、株式の保有割合は、将来の経営の柔軟性や支配権に直結する、極めて重要な決定です。
- 事業年度(決算期):あなたの事業の繁忙期や、納税タイミング、そして消費税の免除期間を最大限に活用できるか、といった観点から、戦略的に決定します。例えば、設立日から最も遠い月を決算月にすることで、第1期が長くなり、消費税免除の恩恵をほぼ丸2年間享受できる可能性があります。
DIYの落とし穴:
これらの項目の一つひとつが、専門的な知識を要する「経営判断」です。例えば、「事業目的」の書き方を一つ間違えただけで、受けられるはずだった融資や、取得できるはずだった許認可を逃す可能性があります。独力の場合、これらの調査と意思決定だけで、数週間を費やすことも珍しくありません。経営者としてのあなたの時間は、このような調査ではなく、事業そのものの計画にこそ、費やされるべきです。
STEP 2:設立に必要な「3つのハンコ」を作成する
基本事項が決まったら、会社の印鑑を発注します。これも、手元に届くまで数日~1週間程度かかるため、早めに着手すべきタスクです。
- 代表者印(法人実印):法務局に登録する、会社で最も重要な印鑑。
- 銀行印:法人口座の開設や、金融取引に使う印鑑。セキュリティのため、必ず代表者印とは別のものを作成します。
- 角印(社印):請求書や領収書に押す、会社の認印。
STEP 3:会社の憲法、「定款」を作成する
STEP 1で決めた基本事項を基に、会社の最高法規である「定款」を作成します。
DIYの落とし穴:
ここが、DIY会社設立における、最大の危険地帯です。インターネット上にある無料のテンプレートは、あくまで「最低限の雛形」に過ぎません。あなたの独自の事業戦略(例えば、株式の譲渡制限や、役員の任期設定など)を反映しておらず、将来の成長の「足かせ」となったり、共同創業者との間の「紛争の火種」となったりする条文が、そのまま含まれている可能性があります。
ケーススタディ:テンプレート定款が招いた、50万円の損失
当事務所にご相談に来られた、あるIT企業のA社長の事例です。A社長は、設立時にネットの雛形を使い、ご自身で定款を作成しました。事業は順調に成長しましたが、2年後、ある新規事業のために許認可が必要になりました。しかし、行政に申請したところ、「定款の事業目的に、必要な文言が記載されていないため、許可は下りません」と、無情にも突き返されてしまったのです。
結果として、A社長は、株主総会を開き、定款を変更し、法務局へ目的変更登記を行う、という手続きを、急いで行わなければならなくなりました。登録免許税(3万円)や、専門家への手数料、そして何より、新規事業の開始が3ヶ月も遅れたことによる機会損失を合わせると、その損害は、軽く50万円を超えていたでしょう。設立時に、専門家と数時間、事業目的について打ち合わせをしていれば、この損失は、完全に防ぐことができたのです。
STEP 4:「定款の認証」を、公証役場で受ける
作成した定款は、公証役場へ持参し、公証人による「認証」を受ける必要があります。(合同会社の場合は、この手続きは不要です)
公証役場での手続きと必要書類
本店所在地と同じ都道府県内にある公証役場へ、事前に電話で予約をしてから訪問します。その際、以下の準備が必要です。
- 原始定款:3通(公証役場保管用、会社保管用、設立登記申請用の3通)
- 発起人全員の印鑑登録証明書:発行後3ヶ月以内のもの。
- 発起人全員の実印
- 実質的支配者となるべき者の申告書
- 手数料(現金):認証手数料として5万円、謄本交付手数料として約2,000円程度。
- 収入印紙:4万円(紙の定款の場合のみ)
DIYの落とし穴:
専門家が利用する「電子定款」であれば、この4万円の収入印紙代は不要になります。しかし、ご自身で電子定款を作成するには、数万円の専用ソフトやICカードリーダーの購入が必要なため、現実的ではありません。つまり、DIYを選択した時点で、多くの場合、専門家に依頼した場合よりも、4万円多くのコストを支払うことが、ほぼ確定してしまうのです。
第2章:【登記申請フェーズ】膨大な書類との戦い(所要時間:1週間~2週間)
定款という会社の憲法が完成したら、次はいよいよ、その会社を法的に誕生させるための、法務局への「登記申請」の準備に取り掛かります。このフェーズは、正確性が何よりも求められる、膨大な書類との戦いです。
STEP 5:「資本金の払込み」とその証明書の作成
定款の認証後、登記申請の前に、発起人(あなた)が、定款で定めた資本金を、確かに払い込んだことを証明する客観的な証拠を作成する必要があります。
具体的な手順
- 発起人個人の銀行口座に、資本金を振り込む:まだ法人口座は存在しないため、発起人個人の口座を使用します。この時、誰が、いくら振り込んだかが明確に分かるように、「発起人A 300万円」といった形で、振込名義人を工夫するのがポイントです。また、単に入金するのではなく、必ず「振込」という形で、お金の動きを客観的に記録に残すことが重要です。
- 通帳のコピーを取る:資本金の振込が記帳されたら、その通帳の以下の3つの部分をコピーします。
・通帳の表紙(銀行名、支店名、口座番号、名義人が分かる部分)
・通帳の1ページ目(支店名、口座番号、名義人がカタカナで記載されている部分)
・資本金の振込が記帳されている該当ページ - 「払込証明書」を作成する:上記の通帳コピーと合わせて、「払込証明書」という表紙を作成します。この証明書には、「当会社の設立に際し発行する株式〇株の払込みの取扱いについては、下記のとおりであり、これに相違ないことを証明します。」といった文言と共に、払い込まれた総額、日付、そして会社の代表者印を押印します。
DIYの落とし穴:
この証明書の作成方法を間違えたり、通帳のコピーすべきページを間違えたりすると、登記申請の際に補正(修正)を求められます。また、資本金の出所が不明瞭な「見せ金」は、後の融資審査で致命的なマイナス評価を受けるため、絶対に避けるべきです。
STEP 6:山のような「登記申請書類一式」を、完璧に準備する
法務局へ提出する書類は、一つや二つではありません。以下は、取締役会を設置しない、最もシンプルな株式会社の設立で、最低限必要となる書類のリストです。
【登記申請・必要書類チェックリスト】
- 登記申請書
- 登録免許税納付用台紙(15万円の収入印紙を貼付)
- 認証済みの定款の謄本
- 発起人の決定書(または発起人会議事録)
- 取締役の就任承諾書
- 代表取締役の就任承諾書
- 監査役の就任承諾書(設置する場合)
- 発起人全員の印鑑証明書
- 資本金の払込証明書
- 印鑑届書
- 登記すべき事項を記録したCD-RまたはFD
DIYの落とし穴:
これらの書類の、たった一箇所の記載ミス、押印漏れ、あるいは、添付書類の不備があれば、申請は受理されません。法務局から「補正(ほせい)してください」という電話連絡が入り、平日の日中に、何度も法務局へ足を運び、修正を繰り返す…という、悪夢のようなループに陥る可能性があります。その度に、あなたの会社の誕生は、一日、また一日と、遅れていくのです。
STEP 7:「登記申請」― 会社の誕生日を迎える
完璧に準備した書類一式を、本店所在地を管轄する法務局へ提出します。申請方法は、窓口持参、郵送、オンラインがありますが、DIYの場合は、窓口か郵送が一般的です。
この、法務局が申請書を受理した日が、あなたの会社の「設立日」となります。登記が完了し、登記簿謄本が取得できるようになるまでには、ここから、さらに1週間~10営業日程度の時間がかかります。この期間は、法務局の審査期間であり、短縮することはできません。
第3章:【設立後フェーズ】まだ終わらない、税務署・年金事務所への届出
登記が完了しても、まだ事業は始められません。会社として活動するために、様々な役所へ、今度は「会社が誕生しました」という届出を行う必要があります。
STEP 8:税務・社会保険関連の各種届出
登記完了後、あなたは、息つく間もなく、以下の手続きを、それぞれの期限内に行わなければなりません。
- 税務署への届出:法人設立届出書、青色申告の承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書など。特に「青色申告」の届出は、期限を一日でも過ぎると、初年度の大きな節税メリットを全て失います。
- 都道府県・市区町村への届出:税務署と同様の、法人設立届出書を提出します。
- 年金事務所への届出:健康保険・厚生年金保険の新規適用届など。こちらは、設立から「5日以内」という、極めてタイトな期限が設定されています。
- 労働基準監督署・ハローワークへの届出:従業員を一人でも雇用した場合に必要となります。
DIYの落とし穴:
登記完了という大きな山を越えた安堵感から、これらの設立後の手続きを失念してしまうケースが、後を絶ちません。たった一枚の届出書の出し忘れが、将来、数十万円、数百万円の損失に繋がることを、あなたは、まだ知らないかもしれません。
第4章:【FAQ】「自分で会社設立」に関する、よくあるご質問
最後に、ご自身での会社設立を検討されている方から、私たちが特によくお受けする質問とその回答を、Q&A形式でまとめました。
Q1. 結局のところ、最短何日で会社は設立できますか?
A1. 理論上の最短記録としては、全ての準備が完璧に整っており、公証役場や法務局の予約もスムーズに取れ、一切の不備なく手続きが進んだ場合、3営業日~5営業日程度で登記申請まで到達することは不可能ではありません。
しかし、これは、全てのプロセスを熟知した専門家が、最適な段取りで行った場合の「最高記録」に近いものです。ご自身で初めて手続きをされる場合、まずこのスピードで完了することは現実的ではありません。特に、会社の基本事項の決定や、不備のない定款の作成といった「準備フェーズ」に、通常1週間~2週間はかかります。「スピード」を重視するのであれば、なおさら、最初から専門家に依頼するのが、結果的に最短ルートとなります。
Q2. 書類に不備があった場合、どうなりますか?
A2. 法務局に提出した登記申請書類に不備があった場合、法務局の登記官から、あなたの携帯電話などに直接「補正(ほせい)の連絡」が入ります。
補正とは、書類の修正や、押印のし直し、添付書類の追加などを指します。あなたは、指定された期限内に、法務局の窓口へ出向き、指示された箇所を修正しなければなりません。修正には、会社の実印や、個人の実印が必要になることもあります。もし、期限内に補正が完了しない場合、申請は「取下げ」扱いとなり、もう一度、最初から申請をやり直すことになります。その場合、貼付した登録免許税(15万円)は、原則として返還されません(再利用できる場合はあります)。
Q3. 自宅を本店所在地にしても、本当に問題ありませんか?
A3. 法律上は、全く問題ありません。しかし、ビジネス上の観点からは、いくつかの注意点があります。
- 賃貸物件の場合:賃貸借契約書で、事務所としての利用や、法人登記が禁止されている場合があります。契約違反が発覚した場合、退去を求められるリスクがあります。
- プライバシーの問題:会社の登記情報は、誰でも取得できる公開情報です。つまり、あなたの自宅の住所が、インターネット上で、全世界に公開されることになります。
- 社会的信用の問題:業種にもよりますが、取引先や金融機関によっては、本店所在地が自宅であるというだけで、信用度が低いと見なす場合があります。
これらのリスクを理解した上で、判断することが重要です。
Q4. 資本金は、いくらにするのが一番良いのでしょうか?
A4. ケースバイケースですが、DIYで設立する場合に、よくある失敗が「1円」や「1万円」といった、極端に低い金額にしてしまうことです。
確かに法律上は可能ですが、資本金は会社の「信用」と「体力」の証です。設立直後に融資を考えている場合、資本金があまりに少ないと、「自己資金が準備できない、計画性のない創業者」と見なされ、審査で著しく不利になります。
一つの目安としては、「設立時にかかる初期費用 + 最低でも3ヶ月分の運転資金」を、資本金として準備することをお勧めします。また、税務上の大きなメリットである「消費税の免除」を受けるためには、資本金は必ず1,000万円未満に設定する必要があります。
Q5. 登記が完了すれば、すぐに事業(営業)を開始できますか?
A5. いいえ、そうとは限りません。登記申請が完了し、会社の設立日が決まっても、事業を開始するために、さらに以下のステップが必要です。
- 登記完了(約1週間~10日後):この時点で、初めて登記簿謄本が取得できます。
- 法人口座の開設:登記簿謄本がなければ、法人口座は開設できません。審査には、さらに1~2週間かかります。
- 許認可の取得:事業内容によっては、許認可がなければ営業を開始できません。申請から取得まで、1ヶ月以上かかる許認可もあります。
- 税務署等への届出:青色申告の承認申請など、事業運営に必須の届出を、各期限内に行う必要があります。
したがって、登記申請日=事業開始可能日、ではないことを、十分に理解しておく必要があります。
Q6. 結局、専門家に頼むのと、自分でやるのと、どちらが本当に安いですか?
A6. 初期費用だけで見れば、驚くべきことに、専門家に依頼した方が、ご自身で設立するよりも安くなるケースがほとんどです。
理由は、専門家が利用する「電子定款」にあります。ご自身で設立する場合、定款に4万円の収入印紙を貼る必要がありますが、電子定款なら、この4万円が不要になります。
当事務所の「会社設立起業家応援パック」では、この4万円の節約分を活用し、司法書士への手数料も含めて、ご自身で設立する場合の法定費用総額(約24.2万円)よりも、安い金額で、全ての設立手続きを代行しています。
これに加えて、あなたが費やすはずだった膨大な「時間コスト」と、設立後に発生しうる「税務上の損失リスク」を考えれば、どちらが賢明な選択であるかは、明らかではないでしょうか。
結論:あなたの「時間」は、いくらですか?
ここまで、会社設立を自分で行うための、全手順と、その裏に潜むリスクを解説してきました。
ご覧の通り、会社設立は、単なる書類作成の作業ではありません。それは、法律、税務、経営戦略の知識を総動員し、複数の行政機関と、正確かつ期限内にコミュニケーションを行う、極めて専門的な「プロジェクト」です。
このプロジェクトを、あなたが、本業の準備の傍らで、独力で遂行するためには、おそらく、最低でも50時間、多ければ100時間以上の、膨大な時間が必要となるでしょう。
もし、経営者であるあなたの時間価値が、時給5,000円だとすれば、100時間で50万円です。
あなたは、50万円分の「未来の売上を創る時間」を犠牲にして、慣れない事務手続きに挑戦しますか?
それとも、その全てを、専門家に、数万円の手数料で任せ、その時間を、あなたの事業を成功させるという、最も重要な仕事に、投資しますか?
そして、忘れないでください。専門家に任せれば、ご自身でやるより、4万円も安く、そして、完璧な「戦略的な会社」が手に入るのです。
経営者の仕事は、手続きをすることではありません。未来を創ることです。
その事務作業、私たちに丸投げしませんか?
安全に、速く、そして安く。あなたの会社の最高のスタートを、私たちがご用意します。

