事業が順調に成長し、個人事業主から株式会社へステップアップする「法人成り」。
その輝かしい節目に到達されたこと、心よりお祝い申し上げます。法人化は、社会的信用の向上や節税メリットなど、あなたのビジネスを更なる高みへと導く、大きなチャンスです。
しかし、この法人成りというプロセスは、単に登記手続きをすれば終わり、というわけではありません。その裏側では、あなたの事業の財産を、個人から新会社へと引き継ぐ、いわば**財務の「移植手術」**とも言うべき、極めて専門的で、慎重な判断が求められる経理処理が待っています。
この「移植手術」を自己流で行い、たった一つの処理を間違えただけで、後から思わぬ多額の税金が発生したり、新会社のスタート時点での財務状況が不正確になったりと、取り返しのつかない事態を招くケースが後を絶ちません。
この記事では、新宿で数多くの法人成りをサポートしてきた私たちが、その複雑な経理処理の全貌と、絶対に押さえておくべき注意点を、ステップバイステップで徹底的に解説します。
STEP 1:「個人事業」の最期の日。まずは「棚卸し」から
法人成りの経理は、まず「個人事業主としての活動を、どの時点できっぱりと終えるか」を明確にすることから始まります。通常、法人の設立登記日の前日を、個人事業の廃業日とします。
そして、その廃業日時点での、あなたの事業の全財産をリストアップする「棚卸し」作業が必要です。
個人事業の「最終決算書」を作成する
廃業日時点での「貸借対照表」と「損益計算書」を作成し、個人事業主としての最後の成績表を完成させます。これにより、以下の財産が、いくらあるのかを正確に確定させます。
- 資産:現金、預金、売掛金、在庫商品、PCや事業用車両などの固定資産
- 負債:買掛金、未払金、金融機関からの借入金
この最終決算書が、次のステップである「資産の引継ぎ」の、すべての基礎となる設計図となります。これがなければ、正確な移植手術は不可能です。
STEP 2:最重要ポイント!個人から法人への「資産・負債の引継ぎ」
ここが、法人成りの経理における最大の難関であり、税務上のリスクが最も高いポイントです。個人の資産・負債は、自動的に法人に引き継がれるわけではありません。法律上は、「個人」が「法人」という別人格に、資産を売却・譲渡するという形を取ります。
何を、いくらで、どうやって引き継ぐか?3つの重要判断
① 何を引き継ぐか?
すべての資産・負債を引き継ぐ必要はありません。例えば、事業用の車両をあえて個人名義のままにしておき、新会社が個人から「リース(賃貸)」する形を取る、といった戦略も可能です。どの資産を、どう引き継ぐのが最も有利か、専門的な判断が求められます。
② いくらで引き継ぐか?(価格設定の罠)
資産の引継ぎは「売買」であるため、価格設定が非常に重要です。そして、その価格は、恣意的に決めて良いものではなく、客観的な「時価(適正な市場価格)」でなければなりません。
例えば、個人事業で使っていたPC(帳簿上の価値5万円)を、時価である8万円で法人に売却した場合、差額の3万円は、個人の事業所得として課税対象になります。安易な価格設定は、後から思わぬ納税に繋がるのです。
③ どうやって引き継ぐか?
主な引継ぎ方法には、以下の2つがあります。
・売買契約:個人と法人の間で売買契約を結び、資産を売却します。法人は、個人に対して代金を支払う義務を負いますが、すぐには支払わず、「役員借入金(会社が社長からお金を借りている状態)」として処理するのが一般的です。
・現物出資:金銭の代わりに、PCや車両といった「モノ」を資本金として出資する方法です。金銭出資よりも手続きが複雑で、資産の価格評価を厳密に行う必要がありますが、資本金を大きく見せられるなどのメリットがあります。
要注意!「債務超過」での引継ぎ
もし、引き継ぐ資産の時価よりも、引き継ぐ負債(借入金など)の金額の方が大きい場合、その差額は「債務の引受けによって、個人が利益を得た」と見なされ、個人に対して所得税が課税されることがあります。安易な負債の引継ぎは、非常に危険です。
STEP 3:決算と税務申告はどう変わる?個人と法人の決定的な違い
無事に資産の引継ぎが終わっても、安心はできません。法人になると、日々の経理処理はもちろん、年に一度の決算と税務申告が、個人事業主時代とは比較にならないほど複雑になります。
法人の申告書は、専門知識なしでの作成はほぼ不可能
個人の確定申告書は、会計ソフトを使えばある程度自分で作成することも可能でした。しかし、法人の税務申告書は、会計ソフトが算出した「会計上の利益」に、法人税法特有の専門的な調整(「加算」「減算」など)を何十項目も加えて「税務上の所得」を計算するという、極めて難解な仕組みになっています。この調整作業は、税務の専門家でなければ、まず間違いなく不可能です。
税務署のチェックが格段に厳しくなる
一般的に、税務署は個人事業主よりも法人に対して、より厳格なチェックを行います。特に、社長個人と会社との間のお金のやり取り(役員報酬、役員への貸付金・借入金など)は、税務調査で最も狙われやすいポイントです。日頃から、専門家の指導のもとで、法律に則った正確な経理処理を行っておくことが、将来の追徴課税という大きなリスクを回避する唯一の方法です。
結論:法人成りの経理は、「省力化」と「リスク回避」のために専門家と共に行う
ここまで見てきたように、法人成りにおける一連の経理・税務処理は、
- 専門的な知識と、複雑な判断が求められる
- 一つのミスが、将来の大きな税務リスクに直結する
- 経営者自身が、本業の傍らで完璧に行うのは非現実的である
という特徴があります。
あなたの事業の輝かしい「再出発」である法人成りを、思わぬトラブルで汚さないために。そして、あなたが設立後の煩雑な経理業務から解放され、社長として本来やるべき「事業を成長させる仕事」に100%集中するために。
私たち荒川会計事務所は、あなたの法人成りを、税務・会計の側面から、最も安全で、最もスムーズな形で実現するためのお手伝いをします。どの資産を、どう引き継ぐべきか、という最初の戦略立案から、設立後の経理体制の構築、そして毎年の決算・申告まで、あなたの会社の「経理・財務部」として、継続的にサポートいたします。

